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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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進取の気性、市民創造・参加型… 神戸まつりの草創期 2020/08/10

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みなとの祭の目玉行事「懐古行列」。開港150年目を記念し、第47回神戸まつりに復活した=2017年、神戸市中央区

 旧居留地のビル街に色とりどりの紙吹雪が舞い、花自動車が「祭の女王」を乗せてパレードする。手前に大きく描かれるのは、和洋服のモダンガール-。

 神戸の画家・小磯良平が筆を振るった第2回「神戸みなとの祭」(1934年)のポスター。神戸港の繁栄を願い催された、神戸まつりの前身イベントだ。

 「西洋と日本の文化が混ざり合いながら、国際都市として発展した港町・神戸の雰囲気をよく表している作品です」

 そう話すのは、市立小磯記念美術館の廣田生馬(いくま)学芸係長。前年の第1回から起用された若き小磯のポスターは、近隣府県の主要駅や役場などにも広く掲示されたという。

 市民創造・参加型の画期的なイベントとしてPRしようという、当時の主催者の意気込みがうかがえる。

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最後のみなとの祭で走る花電車=1970年、神戸市中央区

 67年5月に開港100年祭の前夜祭として神戸カーニバルが始まり、みなとの祭と71年に統合。神戸まつりは初夏の風物詩となった。その初期は、どんな様子だったのだろうか。

 第9~12回(79~82年)の運営に携わった元神戸市職員阪下伸一さん(72)は「市民自らが作り参加する、新しい祭り」と振り返り、年々参加者が増えて活気づいたことを鮮明に記憶する。

 神経を使い、費用もかさんだのは会場警備。一般車両は全面通行止めとし、「交通に関するクレームは耳にたこができるほど聞いた」と苦笑する。

 衣装や出し物などの中には、“何でもあり”でよいのかと、「市民参加」のうたい文句とのバランスに悩むものもあったという。だが、それも過去の話。「進取の気性に富んだ港町らしい、明るいお祭りですね。関われたことは一生の思い出です」

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 半世紀の歴史の中で、中止を余儀なくされた年がある。阪神・淡路大震災の発生した95年。第25回は「忘れてはいけない回」として欠番にせず、カウントされている。

 そして今年。節目の第50回は新型コロナウイルスの感染拡大のため来年に延期され、記念の「だんじりパレード」も白紙となった。

 感染の終息は見通せないが、2002年から実行委員長を務める加藤隆久・生田神社名誉宮司(85)は言葉に力を込める。「神戸まつりは、震災や多くの困難を乗り越えてきた。新型コロナを克服し、市民一体となって催したい」

 ミナトが再び、明るい祭りに彩られる日が待ち望まれる。(安福直剛)