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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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肉親奪ったホロコースト ユダヤ教ラビ、一族の壮絶な過去 2020/08/14

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シナゴーグのラビ、シュムエル・ヴィシェドスキーさん=神戸市中央区北野町4

 第2次世界大戦の嵐が欧州を吹き荒れる1940~41年、神戸の街にナチス・ドイツの迫害を逃れる人々が押し寄せた。駐リトアニア領事代理・杉原千畝氏の発給した「命のビザ」を手に、一時滞在したユダヤ人難民。その数は4千人以上といわれる。

 外国人の多い神戸には、12年ごろ既に、ユダヤ人のコミュニティーが形成され、シナゴーグ(ユダヤ教会堂)が設立された。国内でユダヤ教組織があるのは現在も東京と神戸だけだ。

 その「関西ユダヤ教団」のシナゴーグ(神戸市中央区北野町4)を訪ねると、ラビ(指導者)のシュムエル・ヴィシェドスキーさん(35)が迎えてくれた。

 ニューヨーク出身でイスラエルで学び、2014年に来神。神戸とユダヤ人の関係を語る上でも避けられない戦争の話を巡り、ヴィシェドスキーさんは「日本の人に知ってもらいたい」と、これまで公にしてこなかった一族の壮絶な過去に触れた。

 「私の祖母は、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)で家族を殺されたんです」

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成人の儀式の日のシュムエル・ヴィシェドスキーさん(右)とリブカさん(本人提供)

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 祖母のリブカさん(96)は1941年、ソ連のレニングラード(現サンクトペテルブルク)で、兄の家族と暮らしていた。

 同年6月、ナチス・ドイツ軍がソ連に侵攻。レニングラードは包囲され、解放までに飢えや寒さで命を落とした人は、約100万人ともいわれる。

 「軍人だった兄の助けで、祖母たちは包囲戦の前に脱出できたが、兄は飢餓作戦の犠牲となった」

 だが、リブカさんたちが逃れた故郷の小さな村も、既に安全な場所ではなくなっていた。「ナチが『特別行動部隊』を設置していたのです」

 特別行動部隊(アインザッツグルッペン)は、前線後方の占領地域でユダヤ人や共産党員ら「敵性分子」を銃殺する任務を負って、組織された。

 「村のユダヤ人は大きな穴を掘らされ、その穴は銃殺されたユダヤ人の死体で埋め尽くされました」

 両親と7人きょうだいの家族のうち、生き延びることができたのは、リブカさんともう一人だけだった。(杉山雅崇)

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関西ユダヤ教団のシナゴーグ=神戸市中央区北野町4