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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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虐殺の記憶を語り継ぐ 他者への同情、誇り、責任感じ 2020/08/17

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岩田隆義さんと話すシュムエル・ヴィシェドスキーさん(左)。「祖母は知性的な人で私は大好き」=神戸市中央区北野町4

 異人館街の一角に建つ、関西ユダヤ教団の教会堂、シナゴーグ(神戸市中央区北野町4)。ラビ(指導者)のシュムエル・ヴィシェドスキーさん(35)の祖母リブカさん(96)は、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の生存者だった。

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リブカさん(右)きょうだいの写真(シュムエル・ヴィシェドスキーさん提供)

 故郷の村のユダヤ人を、ナチの特別行動部隊が銃殺し、家族7人を失った。一族の犠牲者は数十人に上るという。

 生き延びたリブカさんはソ連北西部の都市ゴーリキー(現ニジニーノブゴロド)に逃れ、結婚。4人の子どもをもうけ、1967年にイスラエルに移住した。

 「祖母は、ホロコーストについて一言も私に語ることはありませんでした」とヴィシェドスキーさん。「あまりの悲惨さに、話したくなかったのでしょう」

 秘せられた体験の大半は祖母をよく知る他の生存者から聞かされたものだ。

 犠牲者数約600万人といわれるホロコーストの悲劇について、ヴィシェドスキーさんは恨みや怒りをあらわにすることはない。

 「迫害され、略奪され、拷問され、殺された最悪の時でも、ユダヤ人にはあらゆる苦しみは終わるという希望がありました」

 ユダヤ教では、神の使命が果たされた時、いさかいや戦争はなくなるとして、「これは世界共通、全人類にあてはまる。そのために私たちはもっと、慈しみと優しさを持たなくては」と呼び掛ける。

     ◇   ◇

 シナゴーグに近い北野の一角。戦前、難民支援の拠点だった神戸ユダヤ共同体(ユダヤ人協会)の建物の石垣が今も残り、世界各地からユダヤ人が訪れる。

 案内役をしばしば務めるNPO法人・神戸外国人居留地研究会理事の岩田隆義さん(78)は、親交のあるヴィシェドスキーさんの話に驚きを隠さない。「神戸に滞在したユダヤ難民にも、家族や親族を殺された人が大勢いただろう」

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リブカさん(左)とヴィシェドスキーさんの母親のパスポート写真(シュムエル・ヴィシェドスキーさん提供)

 近年、世界的に排外主義が台頭し、分断が広がっている。岩田さんは「ホロコーストの歴史は、『異質なものを排除しないこと』が一番大切なことだと私たちに教えている」と強調し、日本人もさらに事実を知る必要があるとする。

 戦争の記憶を語り継ぐ。

 ヴィシェドスキーさんの母親もこの数年、次代に何があったかを伝えるため、リブカさんに体験を話してくれるように頼んでいるという。「祖母の体験を聞くことは、私に多くの他者への同情や、誇りや、責任を感じさせるのです」

(杉山雅崇)