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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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ハイカラの源流 KR&AC150年(3)レガッタ、水泳、水球… 2020/09/11

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敏馬にあったボートハウス(KR&AC提供)

 創立150周年を迎える「神戸レガッタ・アンド・アスレチック・クラブ(KR&AC)」のクラブハウス(神戸市中央区八幡通2)には、たくさんの古い写真が飾られている。さまざまな競技風景やチームの集合写真の中でも、目立つのはオールを握るボートの写真だ。

 「その名の通り、初期はボート競技(レガッタ)に最も力を入れていた」と、神戸外国人居留地研究会理事の高木応光(まさみつ)さん(74)。

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1907年に敏馬で行われたインターポートマッチ。沖にレガッタが見える(KR&AC提供)

 創立翌年の1871(明治4)年には早くも横浜へ遠征し、ボートの対抗戦を行った。横浜居留地には「横浜カントリー・アンド・アスレチック・クラブ(YC&AC)」(当時は「横浜クリケット-」)があり、日本最古の定期戦といわれるサッカーやラグビーの「インターポートマッチ」(港対抗戦)は、スポーツ史の上で欠かせない一こま。その先駆けとなったのが、ボート競技だ。

 居留地発祥のKR&ACだが、「その歴史は、敏馬(みぬめ)の地を抜きに語れない」と高木さん。ボートハウスは初め、現在の神戸税関付近にあったが、神戸港の拡張により東の小野浜へ。1901年に、万葉集にも歌われた敏馬浦(灘区)へと移転した。

 東遊園地(加納町6)のグラウンドに加え、敏馬の地を得たことで、ヨットや水泳は一層盛んに。ちなみに、クロール泳法が日本で最初に伝わったのもKR&AC。神戸居留地生まれの会員が留学先の米国から、16年に持ち帰った。

 20~30年代にはプールが併設され、水球も競技に加わる。テニス人気にコートも造られ、デビス杯出場の日本人選手らが訪れた。

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数々のトロフィーに「かつての熱気が感じ取れる」と話す東勉支配人=神戸市中央区八幡通2

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 ボート、サッカー、ラグビー…。伝統と栄光を物語るトロフィーやメダルが、クラブハウスのあちこちで輝きを放つ。だが、戦争のため敏馬の地は売却、戦後の会員数の減少もあり、水上競技のみならず、活動は縮小していった。

 「昔はサッカーが強くて、社会人リーグの1部でいい成績を残せた」と会員の川口春之さん(55)。23年前に準会員となり、多国籍チームで活躍した頃を懐かしむ。

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1907年、横浜カントリー&アスレチッククラブと行われたラグビーの対抗戦「インターポットマッチ」(KR&AC提供)

 当時は約50人が所属していたが、選手の数がそろわなくなり、数年前に事実上、活動を停止した。川口さんも今はサッカーの代わりに週1回程度、フットサルを体育館で楽しんでいる。「年齢的にも自分はフットサルで十分。でも、クラブ自体に活気が薄れていくのは寂しいね」

 クラブハウスを後にして、敏馬のボートハウス跡に足を運んだ。そこは、今では阪神高速神戸線の摩耶ランプ付近。海は埋め立てですっかり遠くなった。人いきれがするボートハウスの写真をながめながら、古き良き時代に思いをはせた。(西竹唯太朗)