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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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薫る街 思い出溢れて…1926年誕生喫茶チェーン「ホワイト」 2020/11/26

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「ホワイトの成り立ちを語れる最後の世代」という木戸鈴子さん(左)と前田恭子さん=喫茶店「かりん」

 「母が『ホワイト』のことをよく知っています」。コーヒーをテーマにした中央マンスリー「薫る街」の連載中、喫茶店を営む前田恭子さん(62)から、そんな連絡を頂いた。ホワイトは1926年に誕生した大衆喫茶チェーン。その草創期の話を聞かせてもらおうと、前田さんの営む「かりん」(神戸市灘区八幡町2)へと足を運んだ。(小谷千穂)

 ホワイトは、愛媛出身の浦春友さんが創業し、市内に最大36店舗を展開した。「広がったのは浦さんの手腕だけでなく、『みんなで一緒に機嫌よくやろう』という温かい性格によるものね」と木戸鈴子さん(86)。前田さんの母親でホワイトを営む木戸家に嫁いだ。

 義父の馨さんは30年代に浦さんの下で働き、同僚3人と独立。馨さんは家族と「大開ホワイト」(同市兵庫区)▽「荒田ホワイト」(同)▽「大安亭ホワイト」(同市中央区)-など市内に計8店舗を立ち上げたという。

 屋号は、理髪店を1号店に改装する際、看板を白く塗り替えたのが由来との説があるが、鈴子さんの伝え聞く話は少し違う。開業時は名前がなく、白いのれんを見た客が「ホワイト」と呼び出したのだという。

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「荒田ホワイト」店頭で前田恭子さん(左)と祖母(木戸鈴子さん提供)

 のれん分けに当たり、浦さんは1円も求めることなく、二つ返事で経営方法を教えた。高級店と違って、簡素な椅子やテーブルで済み、独立もしやすかった。コーヒーや牛乳、パンなどはチェーンで一括仕入れのため、食材原価を抑えられる利点もあった。

 鈴子さんが「どんな商売でも食らいついて生き残る必要があった」と振り返る戦後の混乱期、ホワイトの経営スタイルは注目され、木戸家でも希望すれば誰にでものれん分けを快諾したという。

 店主や従業員が所属する「神戸ホワイト会」のつながりも強かった。新年宴会には多い時で約150人がホテルに集まり、親睦旅行にはバス2台を連ねて出掛けた。

 だが、ファストフード店やセルフ式のコーヒーチェーンが普及し、商店街には再開発の波が押し寄せる。90年代以降、ホワイトの系列店は数を減らし、木戸家も店を畳んだり、譲ったりした。

 「ホワイトには、下町の泣き笑い人生がたくさん詰まってるの」と鈴子さん。住宅街の純喫茶に変わっても思い出を胸に、心を込めてコーヒーを入れている。