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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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生田町の謎(下) 神社が伝える「古生田川」 2021/02/02

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旧葺合区にある「生田町」の案内図。東側を付け替え後の生田川が流れる=神戸市中央区生田町2

 神戸市中央区を形作った旧生田区と旧葺合区。旧葺合区に生田町があるのはなぜか-というギモンに前回、姫路独協大副学長の道谷卓(たかし)さん(56)は、生田川の流路が東から西へ移ったためではないかと指摘した。

 この見解を後押しする人に旧葺合区にある二宮神社(二宮町3)で出会った。禰宜(ねぎ)の山西康司さん(51)。「生田神社と二宮神社の関係性からも、生田川が移動したことがうかがえる」と話す。

 二宮神社は、生田神社の氏子地域が祭る「裔神(えいしん)八社」の一つ。現在の中央区と兵庫区に点在する、一宮から八宮までの八社は「生田さんを囲んで守る結界のような存在」なのだという。厄払いや招福を祈願し、節分などに「八社巡り」をする習わしもある。

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現在の生田川。新生田川は通称だ(新神戸駅から撮影)

 ただ、明治以前の行政区画でいうと、二宮神社だけが菟原(うばら)郡に含まれ、他の七社と生田神社は八部(やたべ)郡に位置する。そして両郡の境界は、生田川とされている。

 「生田神社から見て、二宮だけが川の向こうにあったというのは少し不可解。年代は定かではないですが、生田さんが現在の地に鎮座し、八社の名前が冠されたときには、全てが同じ郡域にあったと考えるのが自然ではないでしょうか」

 生田神社が現在の下山手通の地に移ったのは、千年以上前とされている。

 古代の律令(りつりょう)体制で郡域が定められた後の少なくとも一時期、生田川は二宮神社より東にあり、後に現在のフラワーロードへ流路が移ったため境界も移動した-というわけだ。山西さんによると、フラワーロードを流れていた旧生田川よりも古いため、「古(こ)生田川」と呼ぶこともあるという。

 ただ、郷土史研究を繰ると、葺合地区に「生田」の地名がある理由については諸説あり、昔から議論の的だったことが分かる。

 生田神社創建の地が布引の砂(いさご)山(別名・丸山)で、その近くに生田の地名が残された-というのが、その一例。確たる答えを得るのは難しいが、地名が物語る歴史への興味は尽きない。

 続いて、区名にもなった「葺合」の由来について、尋ねることにした。(安福直剛)