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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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鉄道余話(上)阪神の軌道道路に面影 2021/02/16

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半地下の阪神岩屋駅ホーム=神戸市灘区岩屋北町4

 これまで見てきたように葺合区の発展をもたらしたのは、鉄道の開通だった。その名残が、大安亭(おおやすてい)市場のそばにある。

 真っすぐ延びる市場を南へ下ると、神戸市中央区日暮通5丁目で斜めに交わる道が現れる。ほかの道は直交するのに、なんだか不可解だ。付近の住民に尋ねてみると「昔、阪神電車が走ってたらしいよ」と教えてくれた。

 今の路線は、もっと南の国道2号で、しかも地下。しかし、昭和初期の地図を広げると疑問は氷解した。

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大安亭市場から斜めに延びる、阪神電車軌道跡の道路=神戸市中央区日暮通5

 阪神電車は地上を走り、大安亭の通りを斜めに貫いている。あの道にはかつて軌道があったのだ。

 「人口が多い民家の間を走っていたのが阪神の特長です」。近畿大短期大学部の井田泰人(よしひと)教授(51)=経営史=はそう指摘する。

 「人が住み、必要とする場所に電車を走らせるというのは、極めて“常識的”な経営。レールを敷いて、周辺を開発するというのは後年の発想です」

 神戸-大阪間を結ぶ最初の鉄道は、1874(明治7)年の官営鉄道(現JR神戸線)だ。

 ただ井田さんによると、この頃はまだ「鉄道は未知のもの」として捉えられ、都市の発展も途上だった。それが明治20年前後には、商工業の重要拠点となった神戸や大阪の周辺は人口が増え、大工場も進出。多くの会社が鉄道事業の参入に意欲を示すようになったという。

 「企業家たちにとって、神戸-大阪間はのどから手が出るほど魅力的だった。実際、官営鉄道の払い下げを求める民間企業も出てきたくらいですよ」

 そんな中、いち早く両都市間を結んだ民営鉄道が、阪神電鉄だ。

 1905(明治38)年の開業後は区間の駅数、運賃、本数などで官営鉄道を圧倒し、多くの乗客を奪った。焦った国が、割引切符などの対抗策を打ち出したことからも、その勢いがうかがえる。

 「競合他社や地域の利害関係者をまとめて重要区間に路線を敷き、経営的にも安定させたことはかなり評価できる。経営陣の優れたリーダーシップや決断力があったのでしょう」

 時間短縮や輸送力向上のため、岩屋駅以西を地下化し、ほぼ直線の線路を敷くのは33(昭和8)年のことだ。

 大安亭市場のあの斜めの道路に、かつて民家の間を疾駆した電車の残影を見る思いがする。だが、忘れてはならないのは、官営鉄道を挟んで平行するライバル・阪急電車の存在だ。その神戸乗り入れの歴史もひもといてみたい。(安福直剛)