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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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布引の滝(下)癒やしの茶屋、5代目へ 2021/03/02

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「おんたき茶屋」を切り盛りする山口公子さん=神戸市中央区葺合町布引遊園地

 「都会での疲れを癒やしに来ました」「私のパワースポットです!」

 名勝・布引の滝の最上部「雄滝(おんたき)」を間近で見られる「おんたき茶屋」(神戸市中央区葺合町布引遊園地)に置いてあるノートには登山者や観光客がめいめい、そんな思いを記している。

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店に置かれている「思い出日記」。多くの人が滝を見て元気づけられている=神戸市中央区葺合町布引遊園地

 「店の前の椅子で一日中ボーッとして、寝ている人もいますよ。元気になって帰っていく姿を見るのが、何よりの喜びですね」と、4代目の山口公子さん(68)は話す。

 山口さんは同市東灘区の浜手出身。1976年に嫁いだ当初は戸惑いも多かった。ごうごうと落ちる滝の音やトタン屋根をたたく雨音が響き、虫はぞろぞろと家の中まで入ってきた。冬には底冷えする寒さに震え、水は蛇口をひねっても昼まで出なかった。台風で大木が倒れ、店のすぐそばまで地崩れしたこともあった。

 「最初は(住居表示の)遊園地に嫁ぐのかな、って思ってね。慣れるまで時間はかかったけど、頑張ろうっていう気持ちは強かったですよ」

 3代目の義父が早世し、義母と店を切り盛りしながら、昔の話を聞いた。新神戸駅ができるずっと以前、周辺には旅館が立ち並び、ボンネットバスが雄滝近くの禅寺・徳光院まで走っていたと知って驚いた。

 人々を引き寄せるのは、名前の通り布を引いたような滝の姿、春の新緑に秋の紅葉、野鳥のさえずり…。

 「山の神様に守られて、自然とともに生きているんだと心の底から思います」

 自然の美しさと客の笑顔に戸惑いはいつしか消え、布引生活は半世紀近くに。両親に手を引かれていた男の子が彼女を連れて来るようになり、おなじみさんの子どもが赤ちゃんを抱いて訪れるようになった。

 もてなす料理は、おでんや湯豆腐、ラーメンなど。地元の大安亭(おおやすてい)市場や大日商店街で新鮮な品を仕入れ、傷まないよう気をつけながら山道を上る。受け継いできたこだわりの味もまた、世代をまたいでつきあいが続く登山客の楽しみだ。

 一方、布引周辺で8軒ほどあった茶屋は3軒にまで減った。「以前は皆さんが安らいでくれたら、それでいいと思っていました。でも、そのためには経営もしっかりしないと」。幸い、山口さんの子どもが5代目を継ぐ予定だという。

 「この険しい場所で戦争や震災を乗り越えてきたってすごいこと。これからも店を守っていきたいです」(安福直剛)