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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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モトコー今昔(2)ワープロ専門店シンワ 骨とう品店だいぎ 人情豊かな空間は今も 2021/03/28

記事

長年、モトコーを見詰めてきた「シンワ」の和田賢夫さん=神戸市中央区元町高架通

 「ただでさえ狭い道に外国人がごった返していた。日本じゃないみたいやったな」。元町高架通商店街(モトコー)で約50年にわたって店を営む和田賢夫(かしお)さん(79)がつぶやいた。1970~80年代、この商店街が華やいでいた。

 神戸港には、多くの外国貿易船が入港。ほど近い元町は船員たちでにぎわい、400店以上が並んだ。当時からリサイクルショップが数多くあったモトコーに、家電や楽器などを求めて多くの外国人が買い付けに来たという。

 和田さんの店「シンワ」では、中古で安価という理由からラジオやテレビがよく売れた。「ふらっと来たロシアの船員が制服や勲章を売っていく。今では考えられへん」と振り返る。言葉が通じない客を相手に、身ぶり手ぶりで必死に接客した。

 骨とう品店「だいぎ」の3代目西尾義昭さん(52)も、先代店主で父の義一さん(85)から当時の話を伝え聞いていた。日本人客に加えて外国船員も店を訪れ、掛け時計や食器といった実用品を買い求めていたという。「人も店も商品も、今とは全然違う姿のモトコーやった」

 制服に名前を刺しゅうするネーム屋やアダルトショップ、裏地が派手な柄の学生服を扱う店など、個性的な店も多かった。店の前にはみ出して商品を並べる店も多く、客で混み合った。

 95年の阪神・淡路大震災で神戸港が被害を受け、様相は一変した。外国船の発着数が減少する一方、日本人のクルーズ船利用客が増加。シンワの商品棚は中古のテレビやラジオから、ちょっと珍しい中古ワープロに切り替わった。だいぎでも、掛け軸や陶器など芸術的・歴史的価値のあるものの需要が高まっていった。

 流行に敏感で、時代に合わせて店舗群が変化し続けるモトコー。一方で変わらないものもある。だいぎに立つ義昭さんに向け、買い物客の男性から「これいくら?」との声が飛んだ。「千円くらいです」。義昭さんの答えはあいまいだ。「ほんならもろて帰るわ。千円置いてくで」。男性はうれしそうに商品を持ち帰った。「昔の名残があちこちに残っていて、逆に新鮮でしょう」とどこか誇らしげな義昭さん。モトコーでよく見かける、人情味ある日常だ。

 形式張らず、人と人との交流で生まれる商いの形。かつては当たり前だった光景が、モトコーでは今も見られる。再整備工事が進み様変わりするモトコーに和田さんは「ここにしかないものを求めて来るお客さんがいる。工事が終わっても、こういう場所が残ればなあ」と寂しげにつぶやいた。(森下陽介)