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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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祖父からの味守り86年 御影公会堂食堂のデミグラスソース 2019/03/28

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創業当時のメニュー表や、祖父を収めた写真を手にする鈴木真紀子さん。「歴史の重みを感じます」=御影公会堂

 「御影公会堂食堂(神戸市東灘区)のオムライスがイチオシ」「思い出の味です」。読者から寄せられた声に押され、同公会堂の地下にある食堂を訪ねた。「オムライスを愛していただけるのはうれしいのですが」。迎えてくれた店主の鈴木真紀子さん(56)は笑顔を見せながら続ける。「今更言うか迷ったんですが、実はデミグラスソースがうちの売りでして…」。聞けば、戦争と震災、休業を乗り越え、祖父から父へ、そして真紀子さんに引き継がれた味という。創業86年の変わらぬ味を守り続ける3代目にエピソードを聞いた。(津田和納)

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3代で受け継がれるデミグラスソースがかかった「オムハヤシ」=御影公会堂

 食堂は、御影公会堂(東灘区御影石町4)が建設された1933(昭和8)年から店を構える。真紀子さんの祖父で、ホテルの宴会場で勤務していた貞さんが食堂を任され、55年ごろから父・利裕さんも厨房に立つようになったという。

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レトロな雰囲気の御影公会堂=御影公会堂

 デミグラスソースは、創業当初から引き継がれてきた味。神戸空襲で公会堂は損壊したが、貞さんは地下に燃え移る炎を消し止め、食堂を守った。「焼け野原の中、運よく残った機材を集めて、ソースを作り続けたと聞いています」と真紀子さん。

 命懸けで味を守る父の背中を見てきた利裕さんもまた、阪神・淡路大震災でガスが止まった際、カセットコンロでソースに火を入れ続けたという。

 父と娘で食堂を営んでいたが2015年、利裕さんが急逝。16年には公会堂の耐震工事のため、長期休業を余儀なくされ、不安に陥った。だが工事を目前に、厨房の倉庫を整理すると、創業当時のメニュー表や広告が出てきたという。

 「2人が命懸けで守った場所と味を簡単に投げ出せない」。休業中も冷凍したデミグラスソースを保管し、17年春に食堂は再開した。ソースの仕込みは月3回程度で、水と牛骨、鶏がらを10日間かけて炊き、自分の舌を頼りに味付けをしていく。「父は『舌と目と耳で覚えろ』とレシピを教えてくれなかったので、ずっと隣で学んできた。これからも変わらぬ味を提供し続けるのが私の使命です」

 ちなみに、オムライスが有名になった理由は、震災前後、なぜかマスコミから「オムライスを取材させて」との依頼があり、相次いで掲載、放映されたからと真紀子さんは考える。「でも、私が3代目となった今、祖父と父が守ったデミグラスソースを前面に押していきたいと思ってます」。目指すは100周年。今日も真紀子さんは厨房でソースに火を入れる。