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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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御影石のルーツをたどる 神戸・石屋川との関係とは 2019/04/11

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高級品として名高い「本御影石」を取り扱う曽我純一郎さん=御影石材

 神戸市東灘区と灘区の境を流れる石屋川。その名は川の周辺に石屋、つまり石材加工職人が多く住んだことに由来する。加工したのは、高級品として今も名高い「御影石」だ。石屋川の東にある住吉川上流には、御影石を切り出す石切場があり、採掘や加工は主要産業として地域の発展を支えた。今はさらに希少価値が高まり、売買価格は全国トップクラスを誇る。(村上晃宏)

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児童が制作した御影石のアート=御影小学校

 東灘区で御影石の産出が始まった正確な時期は不明だが、古くから荒神山(現在の住吉台)で採れた石は高品質と評判で、採掘量は享保年間(1716~36年)に全盛期を迎えた。

 御影石は御影浜から船で全国に輸送されたため、流域の石屋川に職人が集まったとされる。職人には「長谷」と「時枝」の姓が与えられた。石屋になるためには、長谷か時枝のどちらかに弟子入りし、姓をもらうしかなかった。その名残で、この地域には1910年ごろまで十数件の石屋が残っていたという。

 加工された御影石は、京都や大阪の石橋、鳥居、灯籠などに用いられた。このほか、明治から昭和にかけて住吉川周辺に建てられた高級住宅の石垣としても使われ、今も見られる。全国の石材に「○○御影石」などと名前が付くが、六甲山で採れた石材は「本御影石」として別格扱いだ。

 1956年に六甲山が国立公園の一部になり、採掘ができなくなったため、本御影石の価値は高騰した。30センチ立方の価格「石材(原石)標準相場」で、2018年11月時点、本御影石(特級品)は15万円以上。続くのが香川県の庵治石(細目超特)の12万円以上で、他は数千~数万円ほど。本御影石の希少さが分かる。

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 「彫った字がいつまでもきれいに残る。鉱物がきめ細やかに入っている表面の風合いも良い」。本御影石を扱う数少ない石材加工会社の一つ、「御影石材」(御影塚町2)。専務の曽我純一郎さん(48)が語る。

 お目に掛かりにくいのは、職人も同じ。同社には時折、他府県の職人が本御影石を見るために訪れる。最近では、ある著名人から本御影石を使った墓石の注文を受けるなど、人気の高さは健在だ。

 同社はまた、地域の子どもたちに御影石の歴史を伝えるため、積極的に活動する。毎年、御影小学校(御影石町3)の6年生向けに出前授業を実施。同社の工場を見学してもらい、工具の「のみ」と「石頭」を使った本御影石の加工体験も開く。同小には、かつての6年生が卒業制作用に彫った、御影石アートも並ぶ。

 「御影石がいつまでも語り継がれるようにしたい」。曽我さんの目には、固い決意がこもっていた。

【御影石】マグマが地中深くで固まってできた「花こう岩」の石材名。石英や長石、黒雲母などの鉱物が含まれる。かつて、住吉川上流の石切場から持ち出した石を全国に送る際、御影浜から船に載せたため「御影石」の名が付いた。現在、六甲山系で採掘はできず、宅地造成や自然崩落などでしか手に入らない。六甲山系の御影石は「本御影石」と呼ばれ、高級品として名高い。