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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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日本初の水族館は神戸にあった さかなクンもギョギョ、営業わずか3カ月 2020/01/06

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 神戸市兵庫区南部を取材中、ある情報を小耳に挟んだ。「日本初の水族館が和田岬にあった」。その出現は明治時代中期。本格的なろ過装置などを備え、日本で最初に海水魚などを展示していたとの記録が残る。営業期間はわずか3カ月間。どんな水族館だったのか。それをひもとくヒントは、須磨海浜水族園(スマスイ)にあった。(伊田雄馬)

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 スマスイの一角に6枚のパネルや建物のジオラマが並ぶ。日本初の水族館「和楽園水族館」の展示スペース。だが大半の来館者は見向きもせず、素通りする。

 同館は1897(明治30)年、「第2回水産博覧会」の開催に合わせ、和田岬の南端部にあった遊園地「和楽園」内に建設された。同年9月1日から11月30日まで開かれた博覧会の閉会に合わせて営業を終えた。

 「欧米では水族館が登場していたが、アジアでは類を見ない施設だったはず」。スマスイ飼育教育部の岩村文雄課長は説明する。

 その驚きの技術とは-。

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 「二個ノぢをらま(ジオラマ)ト二十九個ノ放養槽及ヒ九個ノ保健槽トアリ」

 博覧会事務局が作った報告書にはこう記されている。建設には神戸の造船技術が応用され、循環ろ過器や水中に酸素を送る送気管を備えていた。館内中央には岩礁を模したジオラマのプールもあった。「大きなジオラマを先に見せることで、細部を切り取る水槽が生きてくる。展示効果を高める素晴らしい仕掛け」と岩村さんは舌を巻く。

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 展示用の「放養槽」は海水20個と淡水9個に分かれ、最も大きな物で横幅5メートル、奥行き1・5メートル、高さ1・6メートル。展示数は約100種5千点に上った。海水魚は瀬戸内海で捕れたものが多く、長距離輸送が可能なウミガメやウミヘビは沖縄や台湾から運び込まれた。

 「身近な生き物が多いため、単調な展示だと飽きられやすい。水槽内にレンガや黒い岩、白い砂などを敷き、海の中のさまざまな環境を表現したのでは」と感心する岩村さん。名付けたキャッチコピーは“陸の上の竜宮城”だ。「財宝や乙姫はなくとも、来館者は海の中のリアルな情景に心躍らせたはず」と推測する。

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 さらに注目するのは、部屋割り。「魚類と、タコ、カニなどの無脊椎動物を別の水槽に分けている点が合理的。魚の方が汚す水の量が多いため、一緒にすると先に無脊椎動物が弱ってしまう」と話す。

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 これだけの内容にもかかわらず、「注目を浴びないのはなぜ?」

 すると岩村さんが「いえ、いえ、この展示から1時間離れなかった来館者が1人だけいました」。その人こそ、誰もが知る「さかなクン」だった。「『120年前にこれだけの施設があったなんて』と驚きっぱなしで…」。目の付け所がいかにも通だ。