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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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店継いだ矢先、震災で店舗全壊 商店街の絆、心の支えに 神戸 2020/01/22

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 阪神・淡路大震災で、がれきの山と化した御旅筋で、いち早く店舗を再開させたのが、事務用品店「三宝屋」(神戸市兵庫区塚本通5)だった。震災で店舗兼自宅は全壊したが、2カ月後にはプレハブの仮設店舗を建て、業務を始めた。

 「うちが休めば、多くの取引先が困る。その一心だった」。3代目店主の長谷川善隆さん(50)は振り返る。

 祖父が終戦直後に御旅筋に店を構え、75年の歴史を刻む老舗。2代目の父が他界し、店を継いだ矢先に、震災に遭遇した。

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 長谷川さんは震災前日、妻の実家がある三木市からの帰り道に見た夜空が脳裏にこびりついている。

 「気持ち悪い真っ赤な月が浮かんでいてね。何か嫌な予感がした」

 1995年1月17日午前5時46分。「ゴオオオ」という強烈な音の後、寝ていた体が強く突き上げられた。揺れで自宅はゆがみ、ドアを蹴り飛ばさなければ外に出られなかった。

 夜が明け、周囲を見渡してがく然とした。周囲のほぼ全ての建物が倒壊。近所にあったパン店の店主の遺体に白い布が掛けられ、路上に置かれていた。

 避難所で暮らす商店主らが多かったこの街では、しばらくして、店舗を狙った空き巣被害が相次いだ。長谷川さんらは、仲間の商店主と共に自警団を結成。略奪を防ごうと見回りを重ねた。

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 「さんぽう」ではなく「みたから」と読む屋号が気になった。

 尋ねてみると「父親からは、仏教の『仏・法・僧』と呼ばれる三つの宝物にちなみ、祖父が名付けたと聞かされた」と長谷川さん。既に祖父も亡くなり、今となっては、その由来を聞くこともできないという。

 ただ、震災後2カ月でプレハブ店舗を開いた時も、3年後に同じ場所に現在の店を建てた時も、常連客や地域に長年愛された、この「みたから」の屋号を掲げることが誇らしかった。

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 周囲の街並みはすっかり変わった。高齢で店を再建できなかった商店主らの空き地には、次々とマンションが建った。ネット通販の発達で、街の事務用品店から物品を仕入れない企業も増えている。鉛筆やノートを買い求め来店する子どもたちもめっきり減った。

 そんな中でも店を続ける気持ちが変わらないのは、震災の時に感じた商店街の絆があるからだ。

 店主たちが力を合わせて崩れた家から取り残された人を助けたり、近所の食品屋が食べ物を無料で配布したり…。

 「震災を経験したことで、御旅筋への愛着を再確認した」と口にする長谷川さん。

 「再建したくてもできなかった商店主仲間の分も、これからも頑張っていきたい。息子にはお薦めしないけどね」と笑った。(杉山雅崇)

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