People People

M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

Kobe
People People People

90年続く新開地の雀荘 店主のこだわりは“きれいな空気” 2020/02/17

記事

 しゃれた白いガラス戸を押して中に入ると、年季の入った雀卓を老紳士たちが囲んでいた。「カツン、カツン」と店内に響く牌の音。新開地の雀荘「平和荘」(神戸市兵庫区新開地2)は、約90年続く老舗だ。新開地と共に歩み、その盛衰を間近で見てきた店主の廣谷明弘さん(85)の語りに、耳を傾けた。

記事

 父親の圓次郎さんが昭和初期、今の店舗の南側で雀荘を始めた。だが、日中戦争でマージャンは「敵性遊戯」として年を追うごとに糾弾され、ビリヤード店に変更を余儀なくされたという。

 だがその後、太平洋戦争も開戦。明弘さんは言う。「結局、ビリヤードも欧米のもんやから敵性遊戯や。時代に振り回されて、おやじは苦労したと思うで」と振り返る。

記事

 1945(昭和20)年3月の神戸空襲で店舗は全焼したが、終戦後の49(同24)年には今の場所で店を再開。より多くの客を呼び込み、利益を増やそうと、その後すぐに雀荘として再スタートした。

 嫌煙家だった圓次郎さんのこだわりで、店の天井は高く設計され、換気設備も充実。比較的きれいな空気は店の自慢だった。

記事

 昭和30年代、店は全盛期を迎える。夜勤を終えた川崎重工の従業員や、福原帰りの男たちで店内は朝から混雑した。「当時は午前6時に店を開けても、ずっと満員やったんやで」。明弘さんは誇らしげに話す。

 時代の移り変わりとともに、客層も変わった。かつて店をにぎわせた工員らの姿は消え、今は主に仕事をリタイアした住民らが集う。店内には、どこかゆっくりとした雰囲気が漂う。

記事

 「あとはもう、いつ店を閉めるか考えてるとこ」と冗談交じりに笑う明弘さん。「でもまぁ、肩肘張らない新開地の空気が好きやからな。店は元気の源やし、続けるわ」。温和な表情で店内を見回した。(杉山雅崇)