矢沢永吉仕様の白いマイクを片手に歌唱する高秀夫さん=スナック「セリーヌ」
「キング・オブ・ロック」。人は彼をこう呼ぶ。しゃがれた声で観客を熱狂の渦に巻き込み、甘いバラードで聞き手の心を震わせる。ミュージシャン矢沢永吉(70)だ。新開地かいわいの取材を続けていて何度もこんな言葉を耳にした。「新開地にも“永ちゃん”がいる」。何を隠そう、私は筋金入りの永ちゃんファン。会ってみたい。衝動を抑え切れず、体が勝手に動いていた。(千葉翔大)
その人は、新開地本通りにあるスナック「セリーヌ」(神戸市兵庫区)にいた。「会員制」の札が掲げられた扉を開けると-。
横顔も永ちゃんに似ている=スナック「セリーヌ」
アイラブユーオーケー/この世界にたった1人の/お前に俺の愛のすべてを-。
白星がちりばめられた黒色のワイシャツに、白髪交じりの前髪を中央に集めた男性が、白のマイクを片手にパワフルな歌声を響かせていた。間違いない。“永ちゃん”だ。
曲の間奏中、リズミカルなステップで踊る高さん=スナック「セリーヌ」
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セリーヌの店長高秀夫さん(60)。生粋の新開地っ子だ。焼き肉店、その後、スナックを手掛けた両親の店を引き継いだ。
「偶然入ってきたアベックに『永ちゃんに似てる』って言われてなあ」
8年前、大病を患った高さん。回復したが、かなり体重が落ち、細くなった姿に、カップルの客がこう言った。「マスター。永ちゃんにそっくりや」。この一言をきっかけに、モノマネを始めた。
動画投稿サイト「ユーチューブ」やライブDVDを見て、“ご本家”の立ち振る舞いを研究した。永ちゃんのそっくりさんが集まる場所にも出掛けたり、歌やダンスパフォーマンスを磨いたりした。
右腕を振りながら歌う高さん=スナック「セリーヌ」
「首はニワトリの動きを意識するんや」。人が擦れ違うのもやっとな調理場を右へ左へ動き回る。ステージの大きさや広さは違えど、店内は高さんの独壇場だ。
ボルテージが最高潮に達した店内で、締めの1曲をリクエスト。リズミカルなイントロが店内に流れると、「E.YAZAWA」とプリントされた特大のタオルを羽織り、高さんは深く息をついた。
乗ってくれ、HA~HA/ロックンロールナイト、HA~HA-。
「東の浅草、西の新開地」と呼ばれた時代は今は昔。しかし、人の心を動かすエンターテイナーは、今もこのまちに生き続けている。
「ホンマのモノマネをする人は、歌詞を完璧に覚えている。俺はまだまだ。今も修業中や」。そうほほ笑みながら、静かにマイクを片付けた。