People People

M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

Kobe
People People People

気になる石像や不思議な交差点 平野「不思議」探訪 2020/04/07

 歴史ある平野地域(神戸市兵庫区)を歩いていると、気になる石像や不思議な交差点、変わった階段に出くわす。「地図で辿る平野の歴史」という冊子を発行した市民グループ「手づくりのまちおこしやんひらの塾」の玉川侑香事務局長(72)に話を聞きながら“真実”を探った。(川村岳也)

記事

■羊? それとも犬?

 上祇園町の路地に置かれた石像。動物なのは間違いないが、平野交差点近くにある看板「奥平野史跡案内」でも、「犬か羊か石の置物」と紹介されていて、なんとも曖昧。皆さんはどっちに見えるだろうか。

 正解は「犬」。玉川さんも羊と伝え聞いていたが、20年ほど前に有力な証言を耳にした。

 明治時代、石像のある路地には「魚利」という屋号の料亭があった。経営者のひ孫にあたる人物によると、そこに飼われていた1匹の犬こそ石像のモデルで、愛犬をしのんで作られたのだという。

 平野地区は、大正の初め頃には上流階級も住む住宅地として開け、表通りは商店が立ち並んでいたらしい。玉川さんによると、もともと温泉があり、大正時代には米穀や株式を扱う「神戸取引所」が荒田町に移転し、銀行などもできたため、料亭や旅館は接待の場所になっていた-とのことだ。

記事

■六差路の成り立ち

 犬の石像を横目に路地を北に上がると、6本の道がクロスする交差点に出る。車の往来は激しくないので交通事故の心配はなさそうだが、この複雑な形はどうしてできたのだろうか。

 歴史をひもとくと、六差路ができるのは明治以降。それまでは北東から南西に走る裏街道だけが存在したという。その後、市道山麓線につながる道が2本でき、やがて「六道の辻」と呼ばれるようになった。

 六道とは、仏教の教義でいう六種の冥界。六道の辻は、あの世とこの世の境目とされる。平野の六差路にも「地獄道」「人道」「天道」といった名前があるとか。「子どもの頃は、この辺りでかくれんぼをした」と懐かしむ玉川さんだが、遊び友達が「地獄道」から姿を消すと思うと、ちょっと恐ろしい。

記事

■急階段の段数は…

 石井川に架かる石井橋から山側を見ると、民家の間に、驚くほど急な階段がある。通称「五十段」。坂の町・神戸ならではの、隠れた名所だ。

 玉川さんによると、階段の下には水道管が通っており、それを隠すために作られた階段との説がある。あえぎあえぎ階段を上りながら数えた結果は、55段。ところが、十数年前に先輩記者が数えたときは51段だったらしい。

 平野のミステリーを解き明かすには、再チャレンジが必要だ。