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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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今でも夢に出る鈴蘭台の「坂」 朝原宣治さん実家近く 2019/08/23

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 「すごくないですか? これ本当に通学路だったんですよ」。次々と現れる急な坂に五輪銀メダリストの朝原宣治さん(47)がたまらず声を上げた。真夏の炎天下、いかに鍛え上げられているとはいえ、体から噴き出す汗は止められない。母校・小部中(神戸市北区)から今も両親が暮らす実家までを歩いた。

 そもそも、なぜ朝原さん一家は鈴蘭台で暮らすようになったのだろう。

 「僕が生まれたのは同市須磨区の月見山の病院。父は三宮付近で銀行員をしていましたが、山に近く、空気が澄んだところで子育てをしようと、鈴蘭台に引っ越したようです」

 朝原さんの父親も“関西の軽井沢”に引かれた1人だったということか。朝原さんは、父親の願い通り、わんぱくに少年時代を過ごした。「近くのダムでタイコウチやミズカマキリを捕まえて…。今でも自然は大好き。僕の子どもにも見せてあげたいなぁ」。

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 「ここに友達が住んでいたんですよ」「この広場でよく野球をしました」

 歩いているうち、記憶が次々とよみがえり、声を弾ませる朝原さん。突然、「行きたいところがある」と遠回りを提案してくれた。聞くと「よく夢に出る坂がある」という。

 実家付近にあった旧電電公社(現NTT)の社宅近くの坂だといい、「夢の中で僕は、自転車に乗り、この坂を下っています。今見ればきっと、しょぼい坂なんでしょうけど」と照れつつ、表情には期待が浮かんだ。

 ただ、30年以上の時がたっているため、場所の記憶はややあいまい。空振りを繰り返しながら「夢の坂」を探す。

 「あぁ、その角だ!」。朝原さんの声に確信がこもった。曲がり角を曲がると、そこには-。

 住宅街に突如現れる、気持ちよく真っすぐに伸びた坂。ぐねぐね曲がったり、入り組んだりした路地が多い鈴蘭台には珍しい一本坂だ。両脇を民家に挟まれているため、道幅は狭く見える。下りきった先は再び上り坂で、向こう側に公園の緑や集合住宅が見通せる。

 「結構いいでしょ」と自慢げな朝原さん。記憶に残る坂を深く心に焼き付けたようだった。

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 実家が近づき、鈴ぶらも最終盤。久々に歩いた鈴蘭台の印象を尋ねてみた。

 「子どもが減りましたよね。歩いていてもほとんどすれ違わなかった」と少しさみしげ。「それでもやっぱり、自然が豊かな神戸はいい。高校生の頃は都会へのあこがれが強かったですが、大人になって神戸の魅力を再認識しました」。青春の思い出を堪能した朝原さん。離れてもなお、鈴蘭台への愛を失っていなかった。(伊田雄馬)