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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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【有馬温泉研究】<炭酸物語>(下)秘話…炭酸せんべい誕生 2019/10/09

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 ほんのり甘く、ぱりっと軽い食感の炭酸せんべい。有馬温泉の土産物店を巡ると、最近では「生炭酸」のほか、「抹茶」や「チョコクリーム」をサンドした新商品が並ぶ。しかし、どれを食べてもシュワッとしない! よくよく考えてみると、炭酸とせんべいを組み合わせる、その発想が奇抜に思えるのは私だけだろうか? 調べていくと、意外な事実が明らかになった。(喜田美咲)

 温泉街の目抜き通り湯本坂にある三ツ森本舗。炭酸せんべいをこの世に生み出した発祥の地だ。現在、温泉内に10店舗を構え、さらにのれん分けした店舗もある。明治時代、三津繁松が創業した同店は、貸本などの「何でも屋」としてスタートした。現・常務取締役の弓削次郎さん(47)の話を基に当時にタイムトリップしてみたい。

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 時は1875(明治8)年。「毒水」と恐れられていた炭酸水が国の検査で「有益な飲料水」と判明した。そのことに目を付けたのが蘭学者緒方洪庵の次男で、大阪慈恵病院(当時)院長の緒方惟準。風光明媚な有馬をこよなく愛した惟準は三津に話を持ち掛ける。

 「病院食にも有馬の名物を取り入れられないだろうか。この炭酸水を生かして食べ物を作ろう」

 三津は有馬の商店主らに呼び掛け、考案したのが土産物にも適したせんべいだった。早速試作に取り掛かったが、お菓子作りの知識は皆無に近い状態。しかも高いハードルだったのが、「病院食にもなる体に良い食べ物」という定義だ。

 卵やバターを一切使わず、小麦粉と片栗粉、砂糖、塩などを炭酸水で練って焼いてみた。すると炭酸水が膨張剤となり、それはもう膨らむ膨らむ。分厚く大きな焼き菓子は、決しておいしいものではなかった。

 「とにかく薄く焼いてみよう。それならもっとおいしくなるかもしれない」

 こうして出来上がったのが現在の形だという。直径9センチ、厚さ1ミリ。「今も昔も変わらない、絶妙なサイズです」と弓削常務。試作の際、有馬の土産物屋「吉高屋」でかつて使っていたせんべいの焼き型を用いたとの説も残る。

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 卵やバター、食品添加物を使わなかったため、結果的にアレルギーの発症も減らすことができ、病院でも出されるようになった。九州の和菓子屋の息子だった弓削常務の祖父が、三津のもとに弟子入りした後、温泉まんじゅうなど和菓子の販売も手掛けていった。

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 100年以上の時を超え、進化を続ける炭酸せんべい。取材をしていて驚いたのが「炭酸和ッフル」なる新名物が登場し、インスタ映え商品として人気を集めていたことだ。アイスやあんことともに炭酸せんべいをワッフルに挟んで食べる。ここまでくれば、スイーツそのもの。

 「大変! はまりそう」