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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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芭蕉も渋った? 敦盛の笛「高すぎる拝観料」 現代では無料に 2019/06/01

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 松尾芭蕉、正岡子規、与謝蕪村…。須磨寺(神戸市)の境内には、歴史上の名だたる歌人・俳人らの石碑が建てられている。24ある碑のうち最も興味深いのが、芭蕉が詠んだ「須磨寺やふかぬ笛きく木下闇」という句。「ふかぬ笛きく」って一体どういう意味なのか? 芭蕉は何を求めて須磨寺を訪れたのだろうか、調べてみた。

(長沢伸一、久保田麻依子)

 前述の句碑は、須磨寺の本坊前に立つ。柿衞文庫(伊丹市)によると、芭蕉は貞享5(1688)年に須磨寺を訪れ、ふるさとの伊賀国上野(現・三重県伊賀市)に送った手紙「芭蕉筆猿雖宛書簡」にこう記している。

 「須磨寺のさびしさ口を閉じたるばかりに候。蟬折・こま笛、料足十匹見るまでもなし」

 須磨寺副住職の小池陽人さん(32)によると、

 「蟬折=青葉の笛」

 「こま笛=高麗笛」

 「料足=拝観料」

を意味するという。

 「いずれも平敦盛ゆかりの笛です。芭蕉はこの笛を見に訪れたのでしょう」と小池さんは続けた。

 この二つの笛は、源平合戦の「一ノ谷の戦い」で討ち取られた若武者・平敦盛が所持していたとされる。戦いの朝、敵方の陣から聞こえてきた美しい笛の音色に源氏の武将らは感動し、熊谷直実が、敦盛の首と一緒に須磨寺に持ち帰った。その笛を見て誰もが涙を流した、との哀話が残る。

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 江戸時代には、一目見ようと多くの人が須磨寺を訪れた。同じくやってきた芭蕉は「見るまでもなし」と辛口な感想を残した。その要因は「高すぎる拝観料」だったようだ。「料足十匹」は現在の金額にすると約3千円。小池さんは「須磨寺は人災や天災のために荒廃しており、復興のために笛を見に来る拝観者の収入が大切だったのでは」と説明する。

 ただ、芭蕉が実際に笛を見たかは見解が分かれている。通説では「3千円が高かったから見なかった」とされているが、先代住職で、小池さんの祖父=故人=は、「見たからこそ」との説を唱えている。

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 時は現代。幾多の災難を乗り越えた須磨寺は現在、無料で拝観することができる。笛は本堂近くの「宝物館」で現物を展示中。しかし、古くなり、敦盛が奏でた音色を聞くことはかなわない。

 その代わり、境内には小学唱歌「青葉の笛」が流れる、世界でここにしかないキーボードが設置されている。ボタンを順番に押していくと曲になる仕掛けで、誰でも弾けるようになっているとか。

 これなら芭蕉も納得してくれるだろうか。みなさんもぜひ、一度ご覧あれ。