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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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存亡の危機、歴史ファンに人気「敦盛そば」 神戸 2019/06/20

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 笛の名手で美少年。源平合戦で非業の死を遂げたと伝わる平敦盛。その供養塔「敦盛塚」(神戸市須磨区一ノ谷町)の隣にある「敦盛そば」が存続の危機に直面している。例年3月上旬、同塚では慰霊の「敦盛祭」が営まれ、全国から訪れた歴史ファンが、敦盛そばを食べるのが定番ルートだった。店内には源平合戦に関する資料も多数残るが、昨年3月に店主の天野本常さんが病気で亡くなり、以降、休業状態のままだ。遠方で暮らす本常さんの妹は、「このままでは店が荒れ果てる」と継いでくれる人を探している。(伊田雄馬)

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 同塚は室町時代ごろに建立されたとされる。園田学園女子大学名誉教授の田辺眞人さんは「須磨の歴史散歩」(須磨区役所発行)で「西国街道の旅人や大名行列も、ここにあった茶屋で休息をとり、名物敦盛そばを食べた」と記している。1804年に訪れた文人・大田南畝蜀山人も、同塚やそばに触れた手記を残すなど、江戸時代からこの地のシンボルだったことを物語る。

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 山電須磨浦公園駅から徒歩数分。同塚と対をなすように店舗がたたずむ。遺族の許可を得て店内を見せてもらった。清潔に保たれ、ほこりっぽさはない。置時計はまだ時を刻み、単なる定休日のよう。多くの資料や壁の絵も往時のままだ。

 2005年6月30日付の本紙記事によると、店は戦後すぐ、本常さんの叔父天野政治さん=故人=が先代から店を引き継いだという。震災で一時休業したが、大河ドラマ「義経」で源平合戦が脚光を浴びたことをきっかけに営業を再開。看板メニューは店名と同じ「敦盛そば」と名付けたかけそばと、七色の古代米を炊き上げた「敦盛ごはん」だったという。「そばの香りと古代米の風味がよく合った、あっさり風味の一品」と紹介している。

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 群馬県に住む本常さんの妹、茂木俊子さんと連絡がついた。本常さんは、政治さん夫妻の養子になり、現在の店舗は約20年前に建て替えたものだという。

 俊子さんは「そば粉やだしにこだわり、味が評判だった」と振り返る。12年に政治さんが93歳で亡くなり、本常さんが店を継いだが、昨年3月に75歳でこの世を去った。

 「店を売らずに残してほしい」。生前、口にしていた本常さんの思いを引き継ぐべく、店の掃除など管理をしてきた俊子さん。「そば打ちの機材はそのまま残り、身ひとつで店を始められる。興味のある人は一報を」と呼び掛けている。問い合わせは北神不動産TEL078・593・8837