People People

M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

Kobe
People People People

名谷といえば須磨?垂水? 二つの名谷、ルーツを探る 2018/09/12

記事

照明がともり、浮かび上がった垂水ジャンクション=垂水区名谷町上空

 神戸で「名谷」と言えば-。同僚の多くは「須磨でしょ」と口を開く。確かに神戸市営地下鉄の駅名にもなり、百貨店や家電量販店、カフェ、居酒屋などが集中する市西部の中心地の一つだ。しかし、住所は須磨区中落合。ちなみに同区内には名谷と付く地名はない。正式に存在するのは、お隣りの垂水区名谷町。鬼追い行事で知られる転法輪寺など寺社仏閣が多く残り、総面積36万平方メートルと日本最大級を誇る垂水ジャンクションもある。なのに須磨の知名度に及ばない。「垂水・名谷VS須磨・名谷」。二つの名谷を探った。(那谷享平)

記事

名谷と書かれ、須磨の方向を指す案内標識。ここだって垂水の名谷なのに…=垂水区名谷町

 兵庫県関連の辞典や神戸の地名に関する書籍、道路地図などを調査した。その結果、分かったのは、元々、須磨から垂水区へ南北に流れる福田川の上中流域の地名を「名谷」と呼び、垂水・名谷も須磨・名谷も同じ一つの村だったこと。

記事

名谷と言えば…。市営地下鉄の駅名は「名谷」だが、実は須磨区内に名谷という住所はない=須磨区中落合2

 その名谷村が誕生したのは明治の初め。1889(明治22)年には周辺の村と合併して垂水村となり、その後、垂水町に。名谷は大字として残っていた。1941(昭和16)年、垂水町が須磨区に合併され、同区名谷町となった。46(同21)年には須磨と垂水区が分離し、名谷町は垂水区になった。

     □

記事

神戸新聞NEXT

 昭和40年代にニュータウン開発が加速すると、地名はさらに変遷する。垂水区名谷町の一部が須磨区に編入され、友が丘や菅の台などの新しい住所が続々と生まれていった。

 市住民課によると、駅の住所が垂水区名谷町から今の須磨区中落合に変更されたのが77(昭和52)年6月。詳しい資料は見つからなかったが、駅の開業は同年3月なので、3カ月間だけは名谷町に名谷駅があったという可能性もある。

 開発に伴う地名の変更は垂水区側でも進み、元々の名谷町はどんどん狭まり、飛び地も生まれた。同課によると、須磨区多井畑や菅の台6に隣接する土地と、垂水区小束山手と西区の隣接地の計2カ所が今も飛び地となっている。

 飛び地のすぐ隣りにある「たかつか保育園」(垂水区小束山手1)の女性園長は「地元でも飛び地のことを知らない人はいると思う。私も名谷といえば地下鉄駅を思い浮かべます」と話す。

 垂水区名谷町内にすら、「名谷」と書いて須磨方向を指す道路案内標識がある。“地名”を失った地下鉄駅一帯は、開発で人口が増加し、“知名”度が上がった、とみるのが自然なようだ。