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M's KOBE

海と山に囲まれた港都・神戸。明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。

神戸新聞では2018年7月から市内9区をひと月ずつ訪ね歩く「マンスリー特集」をスタート。これまで紙面掲載された記事を集めました。神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらった、その名も「M's KOBE」。

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関西ゴルフの発展に貢献 神戸・垂水のゴルフ場 2018/09/19

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 サッカー、ジャズ、豚まん-。150年前の神戸港開港以来、「日本初」とされる多くのものが神戸から国内に広がった。ゴルフもその一つ。山林や丘陵地が多かった神戸市垂水区には、二つのゴルフ場がつくられ、多くの人に愛されてきた。日本で5番目の歴史を持つ「垂水ゴルフ倶楽部」(同区潮見が丘2)と、兵庫県内初のパブリックゴルフ場で、阪神・淡路大震災後、閉鎖された「舞子ゴルフ場」(旧同区多聞町)。その歩みをたどった。(村上晃宏、吉田みなみ)

 日本初のゴルフ場、神戸ゴルフ倶楽部(灘区六甲山町)ができたのは1903(明治36)年。垂水-は17年後の20(大正9)年、9ホールの「舞子カンツリー倶楽部」として発足した。

 日本初のプロゴルファー福井覚治さんが生まれ、関西・関東アマチュア対抗競技が開かれるなど関西ゴルフの発展に寄与した。18ホールを備えた広野ゴルフ倶楽部(三木市)の誕生で、32(昭和7)年に解散。太平洋戦争時は食糧補給の芋畑に変わった。

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 終戦後、ゴルフ人気の再燃を機に、51(昭和26)年、垂水ゴルフ倶楽部として再出発。54(昭和29)年には18ホールに整備され、昭和天皇の弟宮、高松宮宣仁親王がプレーされた。第二神明道路の高丸インターチェンジから近いことや路線バスの停留所があるなど利便性は高く、現在の会員数は約1900人、年間延べ約3万人が利用する。

 あと2年で1世紀。区民ゴルフ大会を開くなど地元密着も掲げている。浜田博則支配人は「長年にわたって愛され、親しまれたゴルフ場の歴史をさらに続けていきたい」と力を込めた。

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 一戸建て住宅が並ぶ「ガーデンシティ舞多聞」。舞多聞小学校(舞多聞西5)の校庭では追いかけっこする児童の笑い声が響く。22年前までは舞子ゴルフ場があった場所だ。

 冊子「舞子ゴルフ場の軌跡」などによると、神戸市が60年7月、県内初のパブリックコースとして整備した。本コース(18ホール)とあじさいコース(9ホール)があり、開場当時の本コース料金は約千円。他のゴルフ場の5分の1の値段で、普及に一役買った。

 95年の阪神・淡路大震災で、財政的に行き詰まった市が住宅・都市整備公団(現・都市再生機構)に用地を売却。96年12月に閉鎖するまでの約37年間で、延べ約367万人が利用した。利用経験のある真渕孝治さん(73)=同市=は「予約せずに行くと、数時間待つことも。春の桜がきれいだった」と振り返る。

 ゴルフ場時代のなだらかな地形やため池、樹林帯を生かし、曲線を描く道路や電線の地中化といった田園都市を意識した住宅地に生まれ変わった。住民は建築協定や緑地協定づくりにも参加。2年前に開校した舞多聞小は、児童数が増え、仮設校舎建設も決まった。

 舞多聞ふれあいのまちづくり協議会の南俊治委員長(54)=同市=は「住民一人一人がまちづくりに携わり、暮らしやすい土地にしたい」と話す。