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初めての東京 気ままにひとり歩き【6】

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更新日:2018年04月02日

 江戸時代、旧街道の起点だった日本橋界隈。魚河岸や百貨店の発祥の地でもあり、今も老舗が元気だ。一方で、近年の再開発によって新しい高層ビル群が立ち並び、観光客らでにぎわう。満開の桜の下、今と昔が混在する街を巡った。

すべての道は日本橋に通じる(中央区日本橋周辺)


高速道路が覆う日本橋。橋柱の文字は、徳川最後の将軍慶喜が揮毫(きごう)した=東京都中央区日本橋1

高速道路が覆う日本橋。橋柱の文字は、徳川最後の将軍慶喜が揮毫(きごう)した=東京都中央区日本橋1

 今年公開された作家東野圭吾さん原作の映画「祈りの幕が下りる時」は、日本橋周辺が主な舞台だ。明治座などが登場し、主人公の女性演出家が父親と再会するシーンでは夏の一大イベント「橋洗い」が描かれる。
 日本橋は1603年に江戸幕府が建設し、翌年には全国に通じる五街道の起点に定められた。現在の橋は石造りのアーチ式で、1911(明治44)年の完成。橋の四隅には獅子像、中央には翼を持つ麒麟(きりん)像が飾られ、国の重要文化財になっている。ただ、真上に首都高速道路が覆いかぶさり、橋の風情は感じられない。それでも記念写真を撮る観光客が後を絶たず、特別な存在だと思わせる。そういえば高速道路を撤去する話もあったが、最近は聞こえてこない。
 橋の中央、道路上には起点を示す「日本国道路元標」が埋め込まれている。北詰め西側にレプリカが展示され、主要都市までの距離も表示されている。ちなみに大阪市までは550粁(キロ)とある。その大阪にも道頓堀川に日本橋(にっぽんばし)が架かる。幕府が少し遅れて建設し、同じ名前が付いたらしい。
 さて、民謡にもなったお江戸日本橋。水陸の交通の要衝として全国から人や物資が集まり、商業や金融、文化が栄えた。その名残が橋の北詰め東側に立つ「日本橋魚市場発祥の地」の碑と乙女像。徳川家康が今の大阪市にあたる摂津国佃村の漁師たちを呼び寄せて魚を納めさせ、余った魚を売ったのが魚河岸の始まりという。「1日千両」といわれるほど繁盛したが、1923(大正12)年の関東大震災で被害を受け、築地に移転する。
 橋の北詰めの少し先には英国人の三浦按針(あんじん)屋敷跡の碑も立つ。三浦按針ことウィリアム・アダムズは日本に漂着し、家康の外交顧問として貿易などに貢献した人物。今も住居跡に「按針通」の名が残る。


さながら「だし」通り


いかにも老舗らしい店構えのだし専門店=東京都中央区日本橋室町1

いかにも老舗らしい店構えのだし専門店=東京都中央区日本橋室町1

 橋の北詰めから中央通りをまっすぐ行くと、「八木長本店」(中央区日本橋1-7)の看板がかかる。創業は徳川8代将軍吉宗のころとされ、280年続くかつお節、昆布などのだしの老舗だ。もともとは伊勢商人だったとか。店頭で削りたてのかつお節を量り売りしていて、店内にもだしのにおいが漂う。
 数軒先には、1849年に開業したのりの老舗「山本海苔店」。その向こうには、江戸時代末期創業のだし専門店「大和屋」が古い木造の店を構える。さらに進めば、再開発高層ビル、コレド室町1にかつお節の「にんべん日本橋本店」も。伊勢出身の初代がかつお節と塩干類を売り始めたのが始まりで、300年を超える歴史を持つ。コレド内にはだしの料理店もあり、ご飯にかつおぶしをかけた名物「かつぶしめし」が味わえる。魚河岸発祥の地だけあって、さながら「だし通り」の様相だ。
 中央通りを東に入った路地にも多くの老舗が残る。はんぺんが有名な「神茂(かんも)」は1656年に大阪・神崎出身の神崎屋長次郎が漁業を始めたのがルーツで、明治時代に現屋号に改めた。その近くには、「日本橋鮒佐(ふなさ)」が昔ながらの味の佃煮を伝える。海産物以外でも、高級果物の「千疋屋総本店」、刃物の「日本橋木屋」、映画「祈りの幕-」にも登場するそば店「室町砂場」など、さまざまな業種の老舗が存在感を放っている。


百貨店も発祥


ライトアップされた三井本館。満開の桜が文字通り華を添える=東京都中央区日本橋室町2

ライトアップされた三井本館。満開の桜が文字通り華を添える=東京都中央区日本橋室町2

 百貨店もここから誕生した。日本橋三越本店である。中央通り沿いに重厚な石造りの近代建築が立ち、入り口にシンボルのライオン像が鎮座する。1673年に伊勢出身の三井高利が呉服店「越後屋」を始めた。当時は珍しかった店頭売りや現金販売などの画期的な商法で成功し、その後百貨店に発展する。
 日本橋の南側には1933(昭和8)年開業の日本橋高島屋もある。高橋貞太郎の設計で、村野藤吾が増築を担当した豪華な建物は、百貨店建築で初めて重要文化財に指定された。
 三越の隣の荘厳なコンクリート建築は、国の重要文化財の三井本館。関東大震災後の1929(昭和4)年に建て替えられ、ローマの神殿を連想させるコリント式列柱が特徴だ。最上階の7階には三井記念美術館があり、旧三井財閥の美術品などを展示しており、開催中の「三井家のおひなさま」を鑑賞する。三井家の女性たちが愛でたひな人形やひな道具、段飾りは一流職人に特別に作らせたものもあり、中には当時の家が一軒立つほどの価格のものも。その繊細な職人技と豪華さに圧倒される。
 次回も日本橋界隈を巡り、下町風情が漂う人形町あたりで作家向田邦子さんの足跡をたどる。(東京支社・村上早百合)


【地図】今回歩いたのは…


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