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初めての東京 気ままにひとり歩き【8】

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更新日:2018年05月01日

 浮世絵にも描かれた中央区日本橋大伝馬町周辺は、江戸随一の商業地として栄えたところ。江戸の技や文化、歴史の名残を探して歩いた。

300年続く刷毛づくり(中央区日本橋大伝馬町界隈)


伝統の手作りの刷毛が並ぶ江戸屋の店内で、うるし刷毛を手に解説する●田捷利さん=中央区日本橋大伝馬町2※●は「浜」の異体字

伝統の手作りの刷毛が並ぶ江戸屋の店内で、うるし刷毛を手に解説する●田捷利さん=中央区日本橋大伝馬町2※●は「浜」の異体字

 着物姿の女性たちでにぎわう大通りの両側に、藍色に白抜きの屋号が入ったのれんが隙間なく並んでいる。通りのはるか先には白い富士山が浮かぶ。歌川広重の浮世絵「東都大伝馬街繁栄之図」。木綿問屋や呉服店が軒を連ねる繊維街だった大伝馬町が描かれている。現在の大伝馬本町通りである。
 300年前からこの通り沿いに立つのが、刷毛・ブラシ専門店の「江戸屋」(中央区日本橋大伝馬町2番)。京都で修業した刷毛師の初代利兵衛が、将軍徳川吉宗時代の1718年に幕府から屋号を与えられて創業した。
 地下鉄東京メトロ日比谷線の小伝馬町駅から南へ徒歩約5分。ビルの谷間に、木造2階建ての歴史的な洋風建築が現れる。人造石洗出し仕上げの壁面には6本の縦のラインが入り、窓の上には12羽のフクロウが。刷毛をイメージした建物は、「看板建築」といわれるものだ。蔵造りの店舗が関東大震災で焼失し、1924(大正13)年に再建。国の有形登録文化財にもなっている。
 店内に一歩入ると、天井からたくさんの刷毛やブラシがぶら下がっているのに、まず驚かされる。壁際のショーケースには、伝統製法の刷毛の数々が。ふすまや掛け軸を作るときに使う「経師刷毛」、人形の頭をつくるのに使う「人形刷毛」、役者が化粧に使う「白粉刷毛」などもある。江戸時代から伝わる技法で職人が一つ一つ手作りした「江戸刷毛」と呼ばれるもので、7種類が東京都の伝統工芸品に指定されている。
 12代目社長の●田捷利(はまだかつとし)さん(75)が、そのうちの1本を取り出して見せてくれた。漆器などにうるしを塗るときに使う刷毛で、「髪の毛が材料」と聞いて、また驚く。
 江戸末期、幕府の要請でお台場の大砲用の掃除具をつくったのをきっかけに、ブラシの製造に進出。明治以降は、靴や洋服ブラシなどにも広がり、戦前からつくっていたレンズ用ブラシは高級化粧ブラシにも応用されている。現在、扱う製品は生活用から工業用まで約3000種類。●田さんは「時代とともに素材や用途は変わるが、どんなニーズにも誠実に応え、質のよい製品を丁寧につくることは変わらない。長年続いているのも地道な積み重ねの結果だ」と話す。
※●は「浜」の異体字


和紙文化を伝える老舗も


小津和紙の本社。今も創業の地に立つ=東京都中央区日本橋本町3-6

小津和紙の本社。今も創業の地に立つ=東京都中央区日本橋本町3-6

 江戸屋を出て大伝馬本町通りを西へ行くと、和紙専門店の「小津和紙」(中央区日本橋本町3丁目6)の黒っぽいビルが見えてくる。1653年、伊勢松阪出身の小津清左衛門長弘が紙問屋を始めたというから、江戸屋より古い。
 1階は手すき和紙の体験工房と、さまざまな種類の和紙、和紙を使った小物などを扱う店舗、2階はギャラリーと文化教室。いちばんの見どころは3階にある全国各地の和紙を展示する「小津和紙照覧」と、古文書など1000点を順次公開している「小津史料館」だ。
 照覧は、本美濃紙など手すき和紙づくりがユネスコ無形文化遺産に登録されたのをきっかけに、2015年に開設。各地の和紙とその職人の写真、東京芸大日本画研究室と共同でつくった和紙とその和紙を使った絵画などを紹介している。壁には「人は紙をつくり、紙は文化をつくる」の額。デジタル全盛の今、紙の文化の重みをあらためて知る思いがする。
 近くには、江戸時代に創業した浮世絵の版元で、扇子やうちわ製造の「伊場仙」(中央区日本橋小船町4番)もある。1590年に浜松の商人、伊場屋勘左衛門が江戸幕府のお抱えとして和紙や竹製品を商い始め、江戸後期には歌川豊国、広重らの浮世絵の版元として知られるようになった。現在の店舗でも浮世絵の扇子やうちわが販売され、1階ビル内の通路わきには「伊場仙浮世絵ミュージーアム」があり、季節ごとに変わる展示が楽しめる。


牢屋敷跡で遊ぶ子ども


公園内に復元された伝馬町牢屋敷跡の石垣=東京都中央区日本橋小伝馬町5

公園内に復元された伝馬町牢屋敷跡の石垣=東京都中央区日本橋小伝馬町5

 日本橋大伝馬町からは、時代劇に登場する伝馬町牢屋敷の跡もすぐそこだ。
日比谷線小伝馬町駅の北にある十思公園(中央区日本橋小伝馬町5丁目)。公園内には発掘された牢屋敷の石垣が復元され、子どもたちがよじ登って遊んでいた。隣接する十思スクエア(旧小学校跡)別館には「小伝馬町牢屋敷展示館」があり、当時の牢屋敷を再現した模型が展示されている。別館の外には、上水井戸や水を通すための上水木樋跡も地下で出土した状態で保存され、ガラス板越しに見ることができる。
 掲示板によると、牢屋敷は約270年間存続し、入獄した者は数十万人を数えた。江戸末期の安政の大獄では、吉田松陰、橋本左内ら多くの志士たちが斬首の刑に処せられた。公園内には松陰の終焉(しゅうえん)の地を示す碑が立ち、辞世の句が刻まれている。牢屋敷は1875(明治8)年に移転、廃止されたが、跡地の買い手がなかったため当時の財界人が買い取り、鎮魂のために一角に大安楽寺を創建した。約8000平方メートルもあった広大な牢屋敷跡は、現在は公園のほか、福祉施設や銭湯となり、多くの人が利用している。
 次回は、日本のウォール街といわれる日本橋兜町、茅場町を巡る。(東京支社・村上早百合)


【地図】今回歩いたのは…


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