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初めての東京 気ままにひとり歩き【9】

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更新日:2018年05月15日

 日本の銀行発祥の地である日本橋兜町、茅場町周辺。今も米ニューヨークのウォール街や英ロンドンのシティと並び称される、金融の街を訪ねた。

無人化された証券取引所(中央区日本橋兜町)


ガラスの円筒の上部で数字が回る東証のマーケットセンター。「東証arrows」の名称となり、自由に見学できる=東京都中央区日本橋兜町2

ガラスの円筒の上部で数字が回る東証のマーケットセンター。「東証arrows」の名称となり、自由に見学できる=東京都中央区日本橋兜町2

 長く経済部で記者をしてきたのに、東京証券取引所(中央区日本橋兜町2-1)へ行くのは今回が初めて。若いころ、大阪・北浜の大阪証券取引所で目にした売り買いの活気あふれる光景を思い浮かべながら、兜町に向かう。
 地下鉄東京メトロ東西線の茅場町駅を出て、平成通りを北へ行くと、石造りの重厚な建物が見えてきた。日本の金融センター、東京証券取引所だ。横手の見学者用入り口を入ると、空港で見慣れた手荷物検査所がある。アポなしだったが、検査を受けて受付で簡単な質問に答えると、入館証を渡される。
 そのままエスカレーターを上がり、2階フロアへ。少し進んでいくと、いきなり視界が開ける。その先には直径17メートルという巨大なガラスの円筒が現れた。元の立ち会い場を改装してできたマーケット・センター。最上部には円周50メートルの電光掲示板が設置され、オレンジや赤、緑の数字がぐるぐる回っている。売買が成立した銘柄から順に表示され、取引が多いほど回るスピードが速くなる。壁がガラスになっているのは、市場の透明性を表しているのだとか。
 それにしても、周囲の見学者を除けば、ほとんど人気がない。円筒の底の部分で、コンピューターの端末を前に数人の社員が取引を監視しているだけ。ピーク時には2000人もの証券会社社員がひしめき、激しい手振りと大声で売買していたのがうそのよう。場立ちは1999年に廃止され、完全にコンピューター化された。この静かな無人空間で年間約680兆円ものお金が動いていると思うと、それこそが虚構のように感じられる。
 ここに人が集まるのは、新年の大発会や年末の大納会、それに新規上場などのセレモニーのときぐらいか。上場記念などには五穀豊饒にちなんで5回鳴らして祝うという「上場の鐘」は残っている。マーケットセンターを見下ろす見学通路には、東証の歴史を示すパネルや写真を展示。最近の大納会の写真には、ゲストの囲碁棋士で国民栄誉賞を受賞した井山裕太さんや熊本県のキャラクター、くまモンの姿も。
 前身である東京株式取引所が創設されたのは、1878(明治11)年。1階には証券史料ホールがあり、最初に上場した「第一国立銀行」をはじめ貴重な株券なども展示し、歴史を学べる。中には破綻した山一証券の株券も。設立の立役者だった明治の実業家、渋沢栄一のコーナーもある。渋沢は約500もの会社の設立にかかわり、日本の近代資本主義の父といわれる。第一国立銀行をつくったのも渋沢で、兜町周辺にはその足跡が多く残る。


銀行発祥の地


常盤橋の近くに立つ実業家渋沢栄一の巨大な銅像。渋沢は約500の企業の設立にかかわった=東京都千代田区大手町2

常盤橋の近くに立つ実業家渋沢栄一の巨大な銅像。渋沢は約500の企業の設立にかかわった=東京都千代田区大手町2

 東証を出てすぐ南側に、趣のある歴史的な建物が2軒並んでいる。いずれも昭和初期に建てられた山二証券とフィリップ証券(旧成瀬証券)だ。山二は茶色のスペイン瓦の屋根と明るいベージュのタイル壁、丸窓などが特徴的。フィリップの方は、灰色の石貼りで重厚な雰囲気を醸し出している。
 その隣に立つのは、みずほ銀行兜町支店(中央区日本橋兜町4)。まさに渋沢栄一が1873(明治6)年に第一国立銀行を設立した場所。現在、支店南側の壁には「銀行発祥の地」と記した銅板が埋め込まれている。西側には、当時の兜町周辺地図や渋沢の功績を紹介したパネルも掲示している。
 当時の地図を見ると、銀行西側は、今は道路になっている旧楓川に面し、日本橋川につながっていた。日本橋側との合流点にあったのが渋沢栄一の邸宅。跡地には現在、賃貸オフィスビルの日証館が立つ。1928(昭和3)年に建てられた石貼りの瀟洒(しょうしゃ)な建物で、ホールには渋沢ゆかりの赤石が置かれている。自宅を建てた際に、日本経済の繁栄を願って設置。移り住む際にも移設するなど生涯大切にしたそうだ。
 隣には、兜神社(中央区日本橋兜町1)がある。小さな祠(ほこら)で、高速道路の高架下になっているが、東京株式取引所ができた1878(明治11)年に証券取引所関係者らが創建し、商業の神様を祀る。境内には、「兜岩」といわれる大きな岩があり、昔、源義家が戦勝を祈って兜を掛けたとされ、地名の由来でもある。毎年、新年度が始まる4月に例大祭が行われ、証券関係者らが繁栄を祈る。
 日本橋周辺にはもう1カ所、渋沢のゆかりの場所がある。金融の中枢である日本銀行からさらに西へ。常盤橋を渡った常盤橋公園(千代田区大手町2-7)の一角に渋沢の巨大な銅像が立つ。ステッキをついた渋沢は、金融街を睥睨(へいげい)するかのように立っていた。


「きんゆう女子」も現れる


たいめいけんの「凧の博物館」。江戸時代の貴重な凧も展示している=東京都中央区日本橋1

たいめいけんの「凧の博物館」。江戸時代の貴重な凧も展示している=東京都中央区日本橋1

 兜町、茅場町を歩くと、さすがに証券会社や銀行の建物や看板が目に付く。ただ、バブル崩壊後の長期低迷、リーマン・ショックによる世界不況などの逆風が吹き荒れ、金融界は統廃合や人員削減が続いた。IT化の波も押し寄せ、街にかつてほどの活気はない。
 しかし、新しい時代を感じさせる動きも。地下鉄茅場町駅近くの東京証券会館(中央区日本橋茅場町1-5)1階にあるカフェサルバドーレ。カフェだけでなく、ビジネスサロンとして出会いの場を提供している。昨年スタートした兜町・茅場町のコミュニティサイト「兜LIVE!」とも連携。ここを拠点に開催される金融について学ぶ女性のコミュニティー「きんゆう女子」は、活動も活発だ。
 街歩きの最後に、作家の池波正太郎氏が兜町に勤務時代から通ったという洋
食レストラン「たいめいけん」(中央区日本橋1丁目12)に立ち寄る。1931(昭和6)年の創業。こくのあるデミグラスソースが絶品で、ふわふわのオムライスも名物だ。5階には初代が開設した「凧の博物館」があり、江戸時代の貴重な凧、全国各地に伝わる和凧や海外の珍しい凧などを見られる。
 とかく験(げん)を担ぐ証券界は、食べ物でも「うなぎ昇り」「飛ぶ鳥を落とす勢い」などとこだわりがある。ビル街をちょっと路地に入れば、うなぎの「松よし」などの名店も残り、金融街の食文化に触れられる。
 次回は、東京屈指の繁華街、銀座を巡り、伝統文化の歌舞伎を鑑賞する。(東京支社・村上早百合)


【地図】今回歩いたのは…


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