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初めての東京 気ままにひとり歩き【17】

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更新日:2018年10月05日

 浅草といえば、真っ先に浮かぶ光景が浅草寺の雷門。いつも国内外の観光客があふれている。江戸時代から続く歓楽街のにぎわいを受け継ぐ東京都台東区浅草界隈で、下町文化に浸った。

江戸から続く歓楽街(東京都台東区浅草周辺)


記念撮影する観光客らでごった返す浅草寺の雷門=東京都台東区浅草2

記念撮影する観光客らでごった返す浅草寺の雷門=東京都台東区浅草2

 日本最初の地下鉄である銀座線で終点の浅草駅に着く。地上に出ると、浅草のシンボル雷門周辺は観光客や人力車の呼び込みで、ごった返していた。まずは街を上からみようと、雷門の向かい側に立つ浅草文化観光センターへ。建築家隈研吾の設計で、平屋を積み重ねたような斬新なデザインが特徴だ。8階の展望室からの眺望は素晴らしい。東は隅田川をはさんで東京スカイツリーがくっきり。その手前にアサヒビール社屋の金色のオブジェも見える。北に目を移すと、雷門から仲見世通りの緑の屋根が一直線に延びている。浅草寺の五重の塔もそびえている。
 地上に降り、1400年近く前の創建で東京都内最古の寺院という浅草寺へ。平安時代の大地震で倒壊した後に再建され、鎌倉時代以降は源頼朝や足利氏、北条氏、徳川家康らの信仰を集めた。山門である雷門は左右に風神と雷神が鎮座し、正式名称は「風雷神門」。江戸時代の大火で焼失したのを、1978年にパナソニックの創業者の松下幸之助氏が寄進して再建された。
 雷門を抜けて仲見世通りを歩く。約250メートルの参道の両側には90店近くがひしめいている。江戸幕府の開府後、境内の清掃をしていた近くの人に出店の特権が与えられたのが始まりという。江戸玩具や扇の老舗も店を構え、江戸情緒が漂う。人形焼や揚げまんじゅう、きびだんごの人気店もあり、食べ歩きも楽しいが、とにかくすごい人で行列は当たり前だ。その先の宝蔵門をくぐると、本堂の巨大な瓦屋根が迫る。参拝をして、すぐ隣にある浅草神社へ。
 浅草神社も歴史は古い。3代将軍徳川家光が建てた社殿は火災を免れ、国の重要文化財に指定されている。毎年5月に開かれる例祭「三社祭」は東京を代表する祭りとして有名だ。
 浅草寺の前を東西に延びる伝法院通りを西に向かう。着物や履物、骨董品などの和風の店が軒を連ねる。着物姿の若い女性や外国人が行き交い、時折、人力車が通り過ぎていくのも趣がある。


お笑い文化の殿堂


落語をメーンに漫才や講談などの笑いの殿堂、浅草演芸ホール=東京都台東区1

落語をメーンに漫才や講談などの笑いの殿堂、浅草演芸ホール=東京都台東区1

 伝法院通りをさらに西に進むと、「浅草六区通り」と呼ばれる商店街に入る。両側には街灯が立ち、かつての人気漫才師や歌手らを紹介する説明板がかかる。入り口に「浅草を育て、浅草を愛した文人、芸人の名跡を残す」との立て札も。
 浅草は1884(明治17)年に一区から七区までが整備され、六区には芝居小屋などが集められた。昭和に入ってからも歓楽街として栄え、今も芸能文化を引き継ぐ。その象徴が、「浅草演芸ホール」と「浅草フランス演芸場東洋館」(通称東洋館、台東区浅草1-43)。東洋館は1951年に開業した「浅草フランス座」が前身。渥美清やビートたけしを輩出したが閉館となり、2012年に漫才やコント、マジックなどの公演を行う演芸場として復活した。一方の演芸ホールは、落語の定席寄席として1964年から続いている。
 派手なのぼりと看板につられて、演芸ホールのチケット売り場に並ぶ。中に入ると、約230の観客席はほぼ満席状態。高齢夫婦や家族連れの姿が目立つが、1人客も結構いる。弁当を食べたりビールを飲んだりしながら、幕が開くのを待っている。前座で始まり、漫才や落語、講談などが切れ目なく続いていく。紙切りを披露した女性落語家は、観客から突然出されたお題にも器用なハサミさばきで本物そっくりの形を作り、喝采を浴びていた。
 昼と夜の部では演目が変わり、入れ替えもない。舞台を見ながら飲んだり食べたりもできるので、1日中でも楽しめる。久しぶりにお笑いにどっぷりと浸り、気がつくと3時間近くが過ぎていた。
 浅草周辺は江戸時代から職人が住み、伝統工芸が盛んな土地柄でもある。江戸べっ甲や桐たんす、江戸指物などの職人技が見られる「江戸下町伝統工芸館」(台東区浅草2-22)に向かうが、あいにく改装工事のために閉館中。その近くには、江戸末期の花園に端を発し1949年に開業した遊園地「浅草花やしき」もあり、昔懐かしい遊園地を維持している。


100年以上の伝統のかっぱ橋道具街


100年以上の歴史を誇るかっぱ橋道具街。調理用品ならなんでもそろう=東京都台東区西浅草1

100年以上の歴史を誇るかっぱ橋道具街。調理用品ならなんでもそろう=東京都台東区西浅草1

 続いて向かったのは、100年の歴史を持つかっぱ橋道具街。調理用品ならなんでもそろうと聞き、一度行きたかった場所である。南北約800メートルの商店街に食器や調理機器などの専門店約170店が軒を連ねる。
 南側入り口の交差点に立つと、ビルの屋上に巨大なコック像が見える。1907(明治40)年創業のニイミ洋食器店で、ここから道具街が始まる。カッパの絵の旗がひるがえる商店街を進んでいく。食器はもちろん鍋や包丁、飲食店に置くショーケースやちょうちん、ユニフォームまで必要なものはすべてそろう。食品サンプルの店もあり、すしやラーメン、果物、ケーキなど本物そっくり。刃物店では外国人男性が熱心に包丁を選ぶ姿も。和食器店にも外国人が群がっている。途中に小さな広場があり、金色に輝く「かっぱ河太郎」の像が立つ。道具街誕生90年を記念して2003年に設置された。説明板には、私財をなげうって治水工事にあたった商人と工事を手伝ったという隅田川のかっぱの逸話が紹介され、商売繁盛のシンボル的な存在になっている。
 道具街の終点付近には、浅草生まれの作家、池波正太郎の記念文庫(台東区浅草3-25)もある。万年筆やパイプ、ステッキなどの愛用品や自筆原稿や絵画、著作本を展示しているほか、生前の書斎を復元しており、池波ファンにはたまらないだろう。
 浅草は江戸の下町の食文化を伝える老舗も多い。天ぷらやどじょう、うなぎの名店や、芋ようかん、人形焼などの甘味の店もいっぱい。夜は「ホッピー通り」ともいわれる居酒屋街、公園本通りに行けば下町の味と雰囲気を味わえる。
 次回は、東京の台所、卸売市場が豊洲に移転した中央区築地周辺を巡る。(東京支社・村上早百合)


【地図】今回歩いたのは…


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