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初めての東京 気ままにひとり歩き【21】

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更新日:2018年12月31日

 「世界一の本の町」をうたう千代田区神田神保町の古書街は、靖国通り沿いを中心に150を数える古書店が軒を連ねる。江戸時代からの学問の聖地でもあり、大学や出版社なども多い。かつて中国の作家魯迅や政治家周恩来らも学び、その足跡も残る。古書街にお気に入りの一冊を探しに出掛けた。

古書のワンダーランド(東京都千代田区神田神保町周辺)


古書店が軒を連ねる神田神保町古書店街。手前の八木書店は創業者が明石出身で、以前神戸新聞紙面でも紹介した=東京都千代田区神田神保町1

古書店が軒を連ねる神田神保町古書店街。手前の八木書店は創業者が明石出身で、以前神戸新聞紙面でも紹介した=東京都千代田区神田神保町1

 土曜日の昼下がり、神田神保町古書街は、そぞろ歩きながら店頭に並ぶ本を品定めする買い物客らでにぎわっていた。路地裏の老舗喫茶店や名物カレー店には長い行列ができている。
 地下鉄都営三田線や都営新宿線など三つの路線が交わる神保町駅をでると、そこは世界一の古書店街。靖国通りの南側に約500メートルにわたって、古書店がびっしりと並ぶ。本が日焼けしないように、店舗はすべて北に向いている。岩波書店や小学館、集英社といった大手出版社の本社、拠点も集まる。近くには明治大学や日本大学などのキャンパスが立地し、学生も多い。
 古書街の始まりは、この辺りに官立や私立の大学ができた1877(明治10)年ごろという。三省堂書店(明治14年創業)、大屋書房(明治15年創業)、一誠堂書店(明治36年創業)…。2018年4月開業の書店とカフェ、コワーキングスペースを兼ねる「神保町ブックセンター」の壁面には、老舗書店の地図が描かれている。その中に、内山書店(大正6年創業)の名前もあった。中国人作家魯迅ゆかりの古書店である。今年初め、井上ひさし作、栗山民也演出の芝居「シャンハイムーン」を観て感動し、ぜひ訪ねてみたかったところだ。
 作品は中国・上海を舞台に国民党政府から逃避行する魯迅と、支援する書店主の内山完造ら日本人との交流を描く。パンフレットには、井上ひさしがこう記す。「この芝居は“人間と人間の信頼”、“基本的な人間のあり方”と、ああいう時代に日本人がやっていた“日本人の可能性”を信じて書かれています。自分がこの芝居を書いて思うのは、『◯◯人だから…とか△△人だから…ダメ』ということはないということです」。
 その内山完造が1917年に上海で創業したのが内山書店(千代田区神田神保町1)だ。現在の店舗は、靖国通りから一本南に入ったすずらん通りに面している。中に入ると、1階は中国の歴史や政治、文化関係の書籍や雑誌が並び、2階はアジア関係、3階は中国、アジアの古書コーナーで、中国・アジアの専門店として100年の歴史を紡いでいる。
 明治以降、日本の近代化を学ぶために多くの中国人留学生が神保町界隈に集まった。魯迅もかつて、柔道を広めた嘉納治五郎がつくった私塾「弘文学院」で学んだ。周恩来も留学してきて、当時通った東亜高等予備校の跡地は神保町愛全公園となり、周恩来の名を刻んだ碑が立つ。
 すずらん通り沿いには小学館の本のギャラリーもあり、一角に「本と街の案内所」(千代田区神田神保町1)がある。ここでは、スタッフがどこの店に探す本があるかを検索してくれたり、飲食店を紹介してくれたりして、とても便利。全店舗を網羅した神保町マップも配布している。
 マップをもらって、本屋探訪を続ける。古書店はそれぞれ専門分野に分かれ、11の専門分野ごとに色分けされている。一軒一軒、マップと見比べながら歩く。店頭のショーケースに能面を飾る古書店を見つけ、入ってみる。店内は能や狂言の伝統芸能の古書でいっぱい。ちょうど能・狂言の解説本が欲しかったので、1冊購入する。
 店頭に浮世絵や古地図を飾る江戸時代の出版物の専門店、めったにない稀覯(きこう)本を扱う店、かるた専門店、スポーツの本やオリンピック選手らのサイン色紙などもあるスポーツ関連の専門店など多種多様。まさに本のワンダーランドで、1日いても退屈しない。
 飲食店も多く、昼どきにはあちこちに行列が。とくにカレーは欧風カレーのボンディー、スマトラカレーの共栄堂、カツカレーのキッチン南海など人気店が集まる。狭い路地裏には、老舗喫茶店のラドリオやミロンガ、さぼうるなどがあり、こちらも長い行列ができる人気だ。


銭形平次の神田明神


「江戸総鎮守」として1300年近い歴史のある神田明神。平将門を祭ることでも知られる=東京都千代田区外神田町2

「江戸総鎮守」として1300年近い歴史のある神田明神。平将門を祭ることでも知られる=東京都千代田区外神田町2

 靖国通りを東へ進み、南北に交差する明大通りを北へ向かうと、JR中央線の御茶ノ水駅に行き当たる。その向こうには神田川が流れ、アーチ型の「聖(ひじり)橋」がかかる。橋の片側に正教会の大聖堂ニコライ堂、反対側には江戸幕府直轄の昌平坂学問所跡の湯島聖堂が立つことから、二つの聖地を結ぶという意味で橋の名がついたという。
 ニコライ堂は、日本ハリスト正教会東京復活大聖堂が正式名称。1891(明治24)年に建設され、緑色のドーム屋根が特徴だ。ビザンチン様式の重厚な教会建築は、国の重要文化財に指定されている。一方の湯島聖堂は1690年、孔子の教えである「儒学」を重んじた5代将軍徳川綱吉が孔子をまつる聖堂として創建。その後、幕府が運営する昌平坂学問所となる。江戸の大火や関東大震災で焼失を繰り返し、現在の建物は1935(昭和10)年に再建された。緑色の屋根と黒い壁の大成殿、1704年当時の姿を残す木造漆塗りの入徳門が見どころ。
 湯島聖堂を出て北へ歩くと、すぐに大きな鳥居が現れた。神田明神(正式名称神田神社、千代田区外神田町2)は730年の創建で、1300年近い歴史を持つ。江戸時代には「江戸総鎮守」として徳川家だけでなく、江戸庶民からも信仰を集めた。
 神田明神といえば、岡っ引きの銭形平次がよく知られた存在。作家野村胡堂の「銭形平次捕物控」の主人公で、神田明神下の長屋に住む銭形平次は、テレビドラマ化されて国民的な人気となった。境内にはその石碑が立ち、隣には子分のがらっ八の小さな碑もあるのが面白い。また、平安中期の豪族で朝廷に反乱を起こした平将門を祭っていることでも知られる。
 入り口の鳥居の脇には、甘酒店「天野屋」がある。1846年の創業で、当時からある地下6メートルの天然土室(むろ)でつくられる麹(こうじ)を使った手作りの甘酒が名物だ。たくわんが付いて1杯400円の甘酒は、控え目な甘さでおいしかった。


商業施設によみがえった旧万世橋駅


赤レンガの旧万世橋駅を再利用した商業施設マーチエキュート神田万世橋。ガラス越しに電車が走るのを眺められるカフェもある=東京都千代田区神田須田町1

赤レンガの旧万世橋駅を再利用した商業施設マーチエキュート神田万世橋。ガラス越しに電車が走るのを眺められるカフェもある=東京都千代田区神田須田町1

 神田明神から坂を下って、明神下交差点に出る。そこを南に折れ、神田川沿いを東に進むと万世橋が架かる。川に沿った高架下にアーチ型の赤レンガの構造物が見えてきた。中には、オーディオ専門店や輸入雑貨店などおしゃれなショップやカフェが入っている。旧万世橋駅を再生した商業施設「マーチエキュート神田万世橋」(千代田区神田須田町1)だ。
 旧万世橋駅は1912(明治45)年にJR中央線の起点として開業。建物は東京駅と同じ建築家辰野金吾の設計による赤レンガ造りの豪華な駅舎だったが、関東大震災で焼失した。再建後は交通網の変化もあって衰退し、1943年に駅は休止。駅舎の一部を交通博物館として利用していた。
 現在の商業施設は2013年に開業した。赤レンガのレトロな雰囲気を醸し出す。2階に上がる「1912階段」は開業時の姿をとどめ、2階には当時のプラットホームが再利用され、カフェになっている。ガラス張りの窓の外を電車が行き交うのを眺めることもできる。
 旧万世橋駅の南側にはかつての繁華街の名残も。あんこう料理のいせ源、鳥すきやきのぼたん、そば店の神田まつや、和菓子の竹むらなど江戸時代から明治にかけて創業した老舗が、一角に集まる。古い木造建築や看板に伝統の重みと懐かしさを感じた。
(東京支社・村上早百合)=おわり


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