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佐用の利神城が国史跡へ 第二の「天空の城」期待

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更新日:2017年06月16日

  • 雲海に包まれた利神城の本丸跡(佐用町教育委員会提供)

  • 山頂付近に曲輪が広がる利神城跡=2001年ごろ(兵庫県佐用町教委提供)

 国の文化審議会(馬渕明子会長)は16日、兵庫県佐用町にある山城「利神城跡」など11件を国史跡に指定するよう文部科学大臣に答申した。「雲突城」とも呼ばれ、竹田城跡(朝来市)と同様に、雲海に浮かぶ姿で知られる。石垣の一部が崩れて立ち入りできないが、観光資源としての活用が期待される。県内の国史跡の指定は53件目。既に指定されている豊岡市の但馬国分寺跡は、約6500平方メートルが追加される。
 兵庫県教育委員会によると、利神城は利神山(373メートル)の山頂付近にある。地誌「佐用郡誌」には、14世紀前半に築城されたとの記載もあるが、詳しくは不明という。城は西向きで、敵対関係にあった中国地方の勢力を意識したとみられる。戦国期には、豊臣秀吉らの播磨攻めに降伏したとの記録も残っている。
 姫路城を築いた池田輝政が、播磨・美作国境の要として1600年ごろ、おいの由之に大規模改修を指示したが、30年余りで廃城になったとされる。
 山城と麓の居館跡が一体として残り、約86ヘクタールが対象。山城部分は南北350メートル、東西200メートルにわたり曲輪が残り、天守もあったとされるが、建造物の構造を示す資料は残っていない。
 天守付近は、秋から冬にかけて雲海に包まれ、幻想的な雰囲気を醸し出す。佐用町教委は立ち入りの自粛を求めており、県立大西はりま天文台(同町)からは石垣が雲海に浮かぶ様子が観察できる。指定を受け、同町教委は石垣の修繕など保存整備を進める。
 但馬国分寺は、741年に聖武天皇の詔により全国で建立された国分寺の一つで、戦国期の戦乱で焼失したとされる。今回の追加で保存が必要な区域の約9割を占める。追加分からは築地や回廊の跡が発掘されている。(井上 駿)

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