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「大石りくまつり」の歴史に幕 実行委高齢化で決断

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更新日:2017年10月31日

  • 20年以上の歴史に幕を閉じた最後の「大石りくまつり」の会場=豊岡市役所本庁舎

  • まつりの閉幕や今後について語る中嶋洋二郎実行委員長=豊岡市役所本庁舎

 忠臣蔵で有名な大石内蔵助の妻で、兵庫県豊岡市出身のりくをしのぶ催しとして、同市でほぼ毎年続けられてきた「大石りくまつり」が、このほど開かれた第20回で、その歴史に幕を下ろすことになった。メンバーの高齢化などが理由で、今後は、歴史や人物の顕彰に焦点を絞った行事にリニューアルしたいという。(秋山亮太)
 りくは、赤穂義士が吉良邸に討ち入る前、家族に責任が及ばないようにという内蔵助の配慮で離縁された後、豊岡に戻り、3人の子どもの養育に励んだとされる。
 まつりは1997年、りくの法要を催す奉賛会や地元の観光協会、区長会などでつくる実行委が始めた。ほぼ毎年開き、但馬の女性から「りく娘」を選んだり、パレードをしたりと、生誕地としての魅力発信に力を注いできた。
 長く親しまれた催しだが、「りくを顕彰し、後世に伝える側面が薄い」という指摘もあり、数年前からは、地域に残る掛け軸や筆書など、ゆかりの品を展示するなどしてきた。しかし、開始当初40、50代だった中心メンバーが高齢になり、広告費集めに走り回ることも難しくなったことや、関係者の間でも「行事のリニューアルを」という意見が根強かったことから、このほど終了の方針を固めた。
 22日にあった最後のまつりは、台風21号の接近でメインのパレードや出店などが中止となり、市役所本庁舎(同市中央町)で関係品の展示などが催された。
 「20回も続いた催し。終えるさみしさはもちろんある」と話す実行委員長の中嶋洋二郎さん(74)。実行委も解散するが、「りくは地域の宝。市民が思いをはせ、子どもたちに語り継げるような行事のあり方を考えていきたい」とし、これまでのつながりを生かし、新しいイベントの形を模索していくという。

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