三田

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発電所(中央の屋根)に向け50メートルの落差で水を一気に流す水圧鉄管=三田市小柿
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発電所(中央の屋根)に向け50メートルの落差で水を一気に流す水圧鉄管=三田市小柿
100年前に取り付けられた水車。1965年まで現役で活躍し、今は発電所構内に保存されている=三田市小柿
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100年前に取り付けられた水車。1965年まで現役で活躍し、今は発電所構内に保存されている=三田市小柿
関電羽束川発電所の発電機(手前)と水車(奥)=三田市小柿
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関電羽束川発電所の発電機(手前)と水車(奥)=三田市小柿
50メートル下の水車に流す水をためる水槽=三田市小柿
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50メートル下の水車に流す水をためる水槽=三田市小柿
清流羽束川から発電用の水を取り込むえん堤=三田市小柿
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清流羽束川から発電用の水を取り込むえん堤=三田市小柿

 関西電力の発電所の中で、出力が兵庫県内最小という施設が同県三田市小柿にある。羽束川水力発電所。昨年12月、発電開始から100年を迎えた。水車や発電機は2代目だが、2・7キロに及ぶ水路は今も現役。こけむした石垣が長い年月を物語る。再生可能エネルギーとして水力が再注目される中、今日もコツコツと発電を続ける。「100歳の現役選手」の実像に迫ろうと、許可を得て発電所に入った。

 釣り人たちがアマゴを追う「小柿渓谷放流釣り場」のすぐ上流に、発電所はある。平屋の建物に入る。ブーンと心地よい低音を奏でる水車と発電機が、4畳半ほどのコンパクトな空間に収まっている。

 傍らの斜面には、直径約80センチ、長さ約120メートルの巨大な鉄管が山肌をはう。高低差54メートルを流れ落ちた水を水車の羽根に当てて回す。

 「約300軒分の電力をまかなえる発電能力がある。ただ、今は水が少ないので半分以下ですが」。発電所を管轄する関電朝来水力センター所長の石丸晴久さん(54)が教えてくれた。

 小さい発電所は維持費がかさむのでは-。意外にも、発電施設よりも水路など土木設備の維持が大変だという。落ち葉を取り除くため週に1回、2~3時間かけて係員が巡回する。

 水を流すだけの水力発電は燃料代がかからず、発電コストは低い。「100年前に大工事を成し遂げてくれた先人に感謝し、きっちり補修をして次の100年も使い続けたい」と、同センター所長代理の土井喜則さん(55)は話す。

     ◇

 1917(大正6)年9月12日、137人の株主が小柿の事務所に集まり、「羽束川電気株式会社」の創立総会が開かれた。

 三田市史によると、経営陣には木器、酒井、加茂など地元の名士が名を連ねた。当時、三田町や三輪村など市街地には火力発電による電灯が普及。農村部でも明かりや小型農機の動力源として、電気の需要が高まっていたという。

 工事の記録は残っていないが、関電によると翌18年12月に発電を始めた。松下幸之助が松下電気器具製作所(現パナソニック)を興し、第1次世界大戦が終わったころだ。

 羽束川電気はその後、合併を繰り返して関電に組み込まれた。同発電所は65(昭和40)年、水車と発電機を更新して出力を2・3倍の450キロワットに増強。78(同53)年に無人化されたが、部品や工具を作っていた工房と初代の水車が今も残されている。

     ◇

 発電所に水を引く水路をたどる。背丈を超える巨石が転がる川に沿い、県道を北上する。しばらくすると、右手の山裾に石垣が見えた。水路の基盤部分だ。

 発電所で水の落差をできるだけ大きくするため、山肌を縫うように続く水路の勾配は緩やか。今は内部をコンクリートで補強し、上からふたをかぶせたので流れはうかがえないが、こけむした石垣に100年以上前の難工事を思った。

 さらに上流、発電所から約3キロの地点に、羽束川の清流を取り込むダムがある。84(同59)年にゴム製のせきが設けられ、大雨で水位が上がると、自動的に水路への流入を遮断できるようになった。

 規模は小さくても、先人が残した一大インフラが、今も私たちの暮らしを支えていた。(高見雄樹)

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