三田

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1989年1月8日付三田版
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1989年1月8日付三田版
【左】多くの人でにぎわった「三田せいもん」=2009年12月、駅前町【右上】リニューアルした商業施設「フローラ88」であった餅まき=14年9月、弥生が丘1【中央】「平成最後」を冠した催しやバーゲンのチラシなど【右下】キッピーモール開業で一斉に店内に入る買い物客ら=05年9月、駅前町
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【左】多くの人でにぎわった「三田せいもん」=2009年12月、駅前町【右上】リニューアルした商業施設「フローラ88」であった餅まき=14年9月、弥生が丘1【中央】「平成最後」を冠した催しやバーゲンのチラシなど【右下】キッピーモール開業で一斉に店内に入る買い物客ら=05年9月、駅前町
神戸新聞NEXT
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■記者が紙面解説<昭和64年1月8日の紙面>

 「元号きょうから『平成』」-。1面はそんな大見出しに「大喪の礼は来月24日」を添えていた。全国高校ラグビーは決勝戦中止でダブル優勝となり「東京株式市場の予想は「自粛ムードで小動きか」とした。

 一方で、「程遠い民主的手続き」と元号の選定方法を巡る批判記事も。天皇報道一色のテレビ各局に市民の批判や苦情が寄せられ、反天皇グループは「元号を使わない自由を」と訴え、大阪などで集会を開いた。

 「平和に強いご決意」などと今上天皇の横顔を伝えつつ、地方版は一様に悲しみにくれる市民の状況を伝えた。三田版の見出しも「哀悼の弔旗 ひっそり」。商業施設はバーゲンをやめ、兵庫県三田市が各種行事の中止に追われる状況を報じた。

   ◇   ◇

 まちは寒くて沈んでいた。平成初日の1989年1月8日付の三田版は、店先のしめ縄飾りを外す商店主らを写真で伝えていた。

 8日はJRの利用客が普段の日曜の3割減。「電車は動いているか」との問い合わせまであった。商業施設は赤色の制服をやめて地味な私服で店頭に立ち、店内放送もストップ。赤で書かれる特価品も白の模造紙で値札が付けられた。

 平成の幕開けは昭和天皇ご逝去の悲しみに、まちは自粛ムードに覆われていた。そんな中、中央町の商店街で寝具店主だった西村長治さん=当時(60)=のコメントに目が留まった。

 「本来なら店を休むべきでしょうが、われわれ商売人は客を大切にし、仕事に精を出すのが務め。陛下のお心もそうあると信じて店を開けることにしました」

 大型店の攻勢にさらされ、商店街の活性化に走り回って2014年、85歳で亡くなった。店を継いだ幸治さん(68)は言う。「商店連合会長でまちを思う気持ちが言わせたんでしょう」

 それはそれでいい。国民総出で戦争に走った昭和を経て、平成は多くの自然災害に見舞われながら、いろんな立場や考えを認めあう社会になった。東日本大震災でも東北の酒造数社が花見を自粛しないようインターネットで呼び掛けた。

 「令和の門出はお祝いムードで元気が出る」と幸治さん。商店街の未来は厳しくとも、客のこだわりに応える腕や、土地柄に合った品々の良さが見直される時代になってほしい、と願う。(安藤文暁)

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