三田

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境内で寺の歴史について説明する児島正龍住職=心月院
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境内で寺の歴史について説明する児島正龍住職=心月院
昨年5月には初めて、抜き文字の作品展が開かれた=三田市立図書館
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昨年5月には初めて、抜き文字の作品展が開かれた=三田市立図書館

 江戸期に三田藩主だった九鬼家の菩提寺「心月院」の25代目住職。かつて幽霊屋敷と呼ばれた境内で書道教室や進学塾を開き、これまで計約3千人を育ててきた。さらに、ためた資金で寺を改修。今や多彩なアイデアで年間約3千人の観光客を呼び込む。

 「習字で全国区、塾で全国区、お寺で全国区。三つそろって三田」とユーモアたっぷりに表現する。

 近畿に23カ所ある心月院の末寺院で、奈良県にある「普門寺」住職の長男に生まれた。僧侶を目指したのは高校3年のときだ。心月院の前住職が開く神戸の禅道場を父と訪ねて、盲目の前住職の下、厳しい赤貧の修行生活を一日だけ体験した。

 「絶対に無理だ」と心配する父を押し切って入門。「思春期で反骨精神があったんかな。やってやろうと思ったんです」。前住職が亡くなり、23歳のときに遺志を継いで心月院の住職に就いた。

 当時の境内は柱や梁が古びて、誰も近寄らなかった。もっと開かれた場所にしたい-。子どもは地域の宝と考え、書道と勉強を教え始めた。

 30年超かけて建物を改修し、本堂前に日本庭園を造った。5月には波模様を描く白砂の庭を、赤やピンクのツツジが彩る。見とれていると、「中にもどうぞ」とにやり。10代藩主だった九鬼隆国のために整備された奥書院だ。

 阪神・淡路大震災で崩れた蔵から古文書や屏風など数百点を見つけ、文字を解読し、価値を調べたという。公開する秘宝を一つ一つ丁寧に説明しながら、いにしえの三田の世界にいざなってくれる。

 切り絵や書の展示にも力を入れる。5年ほど前から取り組むのが、写経の「抜き文字」。千文字以上を墨書して、白い部分で「南無釈迦牟尼佛」「令和」などと大きな文字を浮かび上がらせる。計算を重ねた下書きも、1字でも間違えればやり直しという。

 寺には戦後の実業家白洲次郎の墓もあり、再興の原動力は師弟愛と語る。「前住職の思いを継いで、寺を盛り上げたいんです。何回でも来たいって思うようにね」(山脇未菜美)

【取材後記】

 若い頃は毎日、書道や塾の運営で大忙しだった住職。でも突然の葬儀が入ったときは? 「今だから言えるけど、2時間ほどのテストにしてたんです」。生徒の前で時計をセットして供養に行き、素知らぬ顔で戻っていたという。「供養は真剣です」。堅い印象の僧侶に親しみを感じた。

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