三田

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主任研究員の藤本真里さん
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主任研究員の藤本真里さん
苗を運び出す神戸市長田区野田北部地区の人たち=1996年2月24日
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苗を運び出す神戸市長田区野田北部地区の人たち=1996年2月24日

 1995年1月17日早朝、私が住んでいた兵庫県の西宮も震度7。大きな揺れで目を覚ましました。テレビをみてもしばらく要領を得ませんでしたが、刻々と流れだした火事や崩れた高速道路の映像、避難所の新聞で死者数が信じられないペースで増えていったことが深く印象に残っています。

 震災直後、公園には、多くの人々が避難し、復旧支援物資を配る拠点にもなりました。建物よりも大きな木があるような屋外の方が安心できたのです。集まってみると知らない人も多く、物資の配布もままならず、水道栓や倉庫の鍵がどこにあるのかもわからず、「普段から使ってないと」「地域のコミュニティーがないと」と実感しました。住民も行政マンも実感したことが都市公園で住民参画型のマネジメントに取り組む起点になりました。

 96年、緑関係の有志が集まって、ランドスケープ復興支援会議(阪神グリーンネット)が発足しました。コンサルタントや設計事務所、造園関連の施工業界・資材メーカー、行政、大学などに勤める者、復興に関わる民間組織、地元住民といったあらゆる立場の者が個人の資格で集まりました。当館の中瀬勲館長(現在)が事務局長を担い、私は、事務局作業をしました。

 当時、全国から神戸に植えてほしいと花の苗を提供する申し出がたくさんありましたが、神戸に置く場所がなく、県立人と自然の博物館(ひとはく)の周辺に集結させ、神戸に配りました。月に2回ほど三宮で会議を開き、緑で復興を支援する段取りをしました。例えば、「ブロック塀は、あかん。生け垣や」「木の箱で移動する生け垣をつくったら試しに置いてもらえる」「公園の計画を住民とやるワークショップをやろう」などと、どんどんアイデアが出て、資材やトラック、労力提供の申し出が噴出して、計画即実行でした。

 ブロック塀をやめて生け垣にしてほしいという思いでつくった「あなたの家の垣根からはじめよう 安心な環境づくり」では、ひとはくの植物や虫の専門家が「どんな木の実ができるか」「どんな鳥が来るか」を調べた上で「緑のきれいな樹種は」「虫が嫌いな人のための対策は」と提案してくれ、自力で生け垣をつくるためのマニュアルもつけて配布しました。

 震災復興という一つの目的に向かって、さまざまな立場の人々が「ONE TEAM」(ワンチーム)になった日々でした。

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