三田

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妬泉源の地下35メートルから出てきた岩石
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妬泉源の地下35メートルから出てきた岩石
1700万年前ごろの日本列島のイメージ(太線は列島の形、灰色は大陸の形)=海洋研究開発機構のホームページから引用
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1700万年前ごろの日本列島のイメージ(太線は列島の形、灰色は大陸の形)=海洋研究開発機構のホームページから引用

 山々の緑が美しい季節です。

 新型コロナウイルス感染症による国の緊急事態宣言が解除され、少しずつお客さまが増えてきました。宣言中には人けがない中、多くの工事車両がやって来て道路工事が進みました。

 太閤橋や湯本坂などは普段なら人通りが多いために工事は困難ですが、一気に湯本坂のカラー舗装が完成し、より魅力的な街並みが整いました。太閤橋周辺の舗装も一新され、有馬川親水公園も第1期工事が完了しました。お越しになれば驚かれると思います。

 ところで、太閤橋のバス停留所の隣に「袂石」があります。重さは約130トン。その昔、湯泉神社の祭神が着物の袂から取り出し、命を狙ってきた敵に投げた石が大きくなったと伝わります。この石を触った手で身体を触ると病や傷が癒やされるとされています。

 小石が年月ととともに巨岩になるという話は日本各地にあり、「さざれ石の巌となりて」という「君が代」の歌詞も同様の考え方に基づいています。では、本当に年月がたてば小石が巨岩になるのでしょうか?

 ある日、有馬温泉を長年研究している京都大学名誉教授の西村進先生(物理地質学)がうれしそうな顔をしながら、コンクリートの固まりのような石を持ってやって来ました。

 先生によると、それは100度以上の金泉が湧き出る「妬泉源」を改修中に地下35メートルから出てきました。「珪長質岩」と呼ばれる岩石です。先生は「1700万年前に日本列島が大陸から分離し始めた時、有馬が西日本の中心だったということが、この石から証明できる」と言います。

 おおざっぱに言うと、大陸の縁が東西に引き裂かれて列島を形成し始めた頃、六甲山はまだなだらかな地表でしたが、その石が標高約360メートルの有馬のたった35メートル下で見つかったことが大地の変動の激しさを物語るそうです。六甲山は数百万年前から隆起が加速し、それはヒマラヤ山脈よりも急激だったとか。有馬の東側にある西宮市船坂は、水面から一気に400メートルも盛り上がったようです。

 石を指して、先生は言いました。

 「これは小石が岩となり、大地の変動でまた小石に砕けて岩になるというのを何度も繰り返したものだ」

 さざれ石は、確かに巌になるのです。有馬温泉には興味深いことがたくさんあります。(有馬温泉観光協会)

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