三田

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第1回の市民パレードに参加する女性(三田市提供)
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第1回の市民パレードに参加する女性(三田市提供)
三田まつりの前身となる駅前商店街の「駅前カーニバル」(読者提供)
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三田まつりの前身となる駅前商店街の「駅前カーニバル」(読者提供)
車を装飾した「花自動車」のパレード(三田市提供)
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車を装飾した「花自動車」のパレード(三田市提供)
花火を禁じる江戸時代のお触れ書き=三田市提供
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花火を禁じる江戸時代のお触れ書き=三田市提供
85年ごろの誕生間もない初代キッピーの着ぐるみ。今とはデザインが違う=三田市提供
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85年ごろの誕生間もない初代キッピーの着ぐるみ。今とはデザインが違う=三田市提供

 兵庫県の三田の夏を彩る「第42回三田まつり」は延期され、予定日だった1日は、新型コロナウイルス感染の再拡大が懸念される中で代替イベントもなく過ぎた。残念に思う市民も多いはず。そこで今年は、過去のまつりを写真とともに振り返ってみたい。(小森有喜)

 第1回は1978(昭和53)年8月、市商工会の「川祭り」や駅前商店街協同組合の「駅前カーニバル」を合体させて始まった。「花自動車パレード」など、今は消えたイベントもあり、人出は「3万2千人」とされた。7万人を超える今に比べるとやっぱり規模は小さい。オイルショックなどで資金繰りも厳しかったといい、翌79年は市の財政難で開催を見送っている。

 過去の三田版をめくると、84年の第6回に初めて夜の花火大会があり、当時の320発が今の2500発へと拡大していく。バブル景気に入った80年代半ばには、三田藩主だった九鬼家の発祥地・三重県鳥羽市から和太鼓グループが訪れ、チーム「三田太鼓」が結成された。

 2000年には市民が吉本興業のタレントと舞台に立つ「三田新喜劇」が実現。03年から屋外芸術イベント「三田青空美術場」がしばらく続いた。

 ちなみに花火といえば、江戸時代に九鬼家が打ち上げを禁じたという「お触れ」が残っている。将軍が大坂滞在中に異変が起こるとのろしを合図にしたため、花火が上がると紛らわしいというのが理由だ。三田の人々は昔から花火が好きだったのかもしれない。

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