三田

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牧野博士
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牧野博士
まちを案内したお礼に、祖父が牧野富太郎博士からもらった書を手にする戸出多寿子さん=三田市内
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まちを案内したお礼に、祖父が牧野富太郎博士からもらった書を手にする戸出多寿子さん=三田市内
永澤寺で撮影された記念写真。中列左から3番目のちょうネクタイが牧野博士、中列右端が戸出忠三郎さん(提供)
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永澤寺で撮影された記念写真。中列左から3番目のちょうネクタイが牧野博士、中列右端が戸出忠三郎さん(提供)
全国各地から採集されたブナ標本を並べた展示=県立人と自然の博物館
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全国各地から採集されたブナ標本を並べた展示=県立人と自然の博物館

 「植物分類学の父」と呼ばれ、1500種以上の草花を命名した牧野富太郎博士(1862-1957年)らが採集した貴重な標本を並べる企画展が、兵庫県三田市弥生が丘6の県立人と自然の博物館で開かれている。実は牧野博士は昭和初期、三田にも足を運んでいた。北部の母子地区の民家には直筆の書が残り、その際に贈ったとされる多年草は毎年、きれいに花を咲かせている。(小森有喜)

 牧野博士は高知県出身。小学校中退後に独学で植物学を勉強し、東大に籍を置いて全国で植物を採集。兵庫県花のノジギクなど多くの草花を命名し、近代的な植物分類学の礎を築いた。

 牧野博士が残した記録によると、三田市を訪れたのは1936(昭和11)年9月。弟子とともに三田市北部を巡って採集し、永澤寺(永沢寺)に1泊して母子小学校でも食事をしたとされる。

 当時、まちを案内した一人が、戸出忠三郎さんだった。「とにかく世話好きなおじいちゃんでした」と孫の戸出多寿子(たずこ)さん(88)が振り返る。お礼として贈られた博士自筆の書は代々受け継がれ、今も額に入れて保管していた。

 朝な夕なに 草木を友にすれば 淋しいひまもない

 植物への愛着をそうつづり、左隅下に博士の号「牧野結網(けつもう)」を記している。

 その際には多年草「フシグロセンノウ」も忠三郎さんに贈っていた。庭で育て、8月下旬ごろにはオレンジ色の花を咲かせるという。多寿子さんは「かつては博士の来訪を聞いて大勢の人が見に来たそうです。大切な花を受け継いでいかないとね」と話す。

     ◇

 県立人と自然の博物館は13日まで、牧野博士が採集した標本などを並べる「頌栄(しょうえい)短大植物標本コレクション~そんなに集めてどうするの~」を開いている。

 頌栄短期大学(神戸市東灘区)が寄贈した20世紀初めごろからの標本資料90点を公開する。三木・志染の地名を冠した水草「シジミヘラオモダカ」は37(昭和12)年、女学生が夏休みの宿題の一環で発見し、牧野博士が新種と断定したものだ。牧野博士が採集してラベルを書いた「ミヤコザサ」もある。

 午前10時~午後5時。同館TEL079・559・2001

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