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木漏れ日を受けて光り輝く「金泉」。スープのイメージが「温泉」の起源?=神戸市北区有馬町、竹取亭円山
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木漏れ日を受けて光り輝く「金泉」。スープのイメージが「温泉」の起源?=神戸市北区有馬町、竹取亭円山

 誤解を恐れずに言うと、日本の「温泉」の発祥は有馬温泉ではないかと思っています。

 最近テレビ局から「有馬の発祥で日本中に広まったものはありますか?」という質問をされ、そのつど思いつくものを答えているので、近いうちにテレビで紹介されるかもしれません。

 園田学園女子大学名誉教授の田辺眞人先生はいつも「私は歴史学者だから史実があることしか言えない」と言われます。その点、私どもは史実を想像して膨らませることができます。

 1300年前、奈良時代の720年に完成した「日本書紀」にはこう記されています。古墳時代の631年に舒明天皇が「摂津国有間温湯(おんゆ)」に来た-と。

 これを読むと、ああ、有馬温泉に来たんだな、と今まで単純に考えていましたが、よく考えると「有間温湯」って何でしょうか?

 平安中期に編集された「和名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)」には「有馬郡」の地名があり、「春木(はるき)」「幡多(はた)」「羽束(はつかし)」といった里名が記されています。有馬郡は三田市を中心として有馬温泉も属した行政区です。今や有馬は神戸市の一部と捉えられていますが、舒明天皇が来た「有間」が当時の有馬郡域を指しているのは明らかです。

 では「温湯」はどうでしょう。調べると「温」の漢字はもともと「皿の上でモノが温められて熱気が満ちている形」を表したものです。漢字が伝来したのは4~5世紀だと言われます。

 日本人が「カミナリだ!」とびっくりしていると渡来人が「ライだ!」と言って「雷」という字を書くようになりました。カミナリは「訓読み」の日本語発音で、ライは中国の発音、つまり「音読み」です。

 そうすると有馬郡で温泉を発見した時に「温」を使ったのは、皿の上に湯気が立っている状態にぴったりだったからかもしれません。そして「湯」は中国語でスープです。湯麺(たんめん)と言うでしょう。確かに「金泉」の赤茶色い湯を見た渡来人が「皿に入れたスープみたいだ」と思ったとすると納得です。

 そして、有馬のこの「温湯」こそが、正式な文書に温泉らしき言葉が載った最初とみられるのです。

 さらに鎌倉時代末期から室町時代にかけて、禅宗寺院の漢文学「五山文学」が流行しました。その中で温泉文学も生まれ、当時「温泉」とは有馬温泉を指しました。室町時代の1344年には雪村友梅(せっそんゆうばい)、翌45年には虎関師錬(こかんしれん)という早期五山文学の代表的な僧が有馬温泉に来ています。

 有馬温泉は道後(愛媛県)、白浜(和歌山県)と共に「日本三古泉」の一つとされています。もちろん、日本は温泉大国で、古くから利用されている温泉は多いと思います。ただ、こと「温泉」の言葉で見る限り、「有馬が発祥」と言えそうです。出しゃばりすぎでしょうか? (有馬温泉観光協会)

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