三田

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神戸電鉄の運転士だった伊藤貴樹さん=神鉄岡場駅
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神戸電鉄の運転士だった伊藤貴樹さん=神鉄岡場駅
神戸電鉄の運転士だった北垣英明さん=神鉄岡場駅
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神戸電鉄の運転士だった北垣英明さん=神鉄岡場駅
神鉄三田駅前にできた長蛇の列
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神鉄三田駅前にできた長蛇の列
JR宝塚線を走る寒冷地仕様のディーゼル機関車(奥本良弘さん撮影)
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JR宝塚線を走る寒冷地仕様のディーゼル機関車(奥本良弘さん撮影)
神戸新聞NEXT
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神戸新聞NEXT

 1995年1月17日午前5時46分、神戸電鉄フラワータウン駅(兵庫県三田市)。運転士だった伊藤貴樹さん(55)=現岡場駅長=は、始発電車に乗り込もうとして、大きな揺れに襲われた。車両から慌てて乗客たちが降りてきて間もなく、本部から指令が来た。

 全線を終日運休にする-。

 「なんで電車を走らせないのか」。乗客に聞かれても、何が起きているのかよく分からない。情報が入り乱れる中で対応に追われた。神戸の惨状を知ったのはしばらくしてからだった。

 県内の鉄道網がまひする中、2日後の19日午後3時、三田-鈴蘭台間などで運転が再開すると、三田駅に人が殺到した。谷上から北神急行で新神戸に出れば、六甲山系南側の被災地に行ける。

 「ホーム混雑のため、入場を規制します」。当時運転士の北垣英明さん(50)=現岡場駅副駅長=は、乗客が列になって並ぶためのロープを改札前に張った。人混みをかき分ける。青ざめて、硬く緊張した顔が次々と目に飛び込んできた。

    ◇

 21日、JR宝塚線が全面開通する。それは大混乱の始まりだった。鉄道網が寸断した神戸-西宮間を避け、三田駅経由でJR宝塚線と神鉄を乗り継ぐ「北回り迂回(うかい)ルート」に東西の通勤客が押し寄せたのだ=図。

 JR西日本は急きょ、朝の快速電車全てを6両から8両編成にするなどし、神鉄は三田-鈴蘭台間に臨時電車を入れて15分間隔に増便する。それでもJR、神鉄の両三田駅はホームに人があふれて連日、改札前に長蛇の列ができた。

 西宮市の会社員男性(43)は神戸市西区から西宮市の高校に通い、神鉄、阪急を使って片道1時間超で通学していた。北回りルートにすると通常なら2時間超。ただ、駅の列待ちに、すし詰めの車内…。「片道に5時間を超えることもあり、乗客誰もが疲れ果てた顔をしていた」と話した。

 神鉄では運転士も休日を返上して行列を整理した。伊藤さんは、膨れ上がったリュックサックを背負い「いつになれば乗れるのか」とため息をつく人々を見ながら「被災地の誰かを訪ねに行くのだろう」と思った。「いろんな事情を抱え、不安げに電車を待っていた。こんな時こそ、自分たちの役目を果たしたかった」

 時には乗客から喜ぶ声も聞いた。「やっと神戸に行けた。良かった」。北垣さんは「背中を押された気持ちになった。公共交通機関として踏ん張らないといけないと感じた」と振り返った。

    ◇

 三田駅の混乱は74日間続いた。4月1日、JR住吉-灘間が復旧し、神戸線が全面開通してようやく落ち着く。しかしその後も、神鉄は長田-新開地間、そして阪神・阪急・山陽電鉄の一部区間も6月まで復旧できず、神戸高速鉄道の新開地-高速神戸間は8月まで開通を待つことになる。

 ちなみにJR宝塚線は、貨物列車の迂回路にもなっていた。不通の神戸線を避け、非電化の山陰線などを抜ける臨時ルートにディーゼル機関車の需要が高まり、県外から「応援」として寒冷地仕様の列車や、普段は通るはずのない寝台車が走っていた。(小森有喜)

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