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開店当時の真新しい看板と今北耕司さん(提供、2005年撮影)
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開店当時の真新しい看板と今北耕司さん(提供、2005年撮影)
ソバの実を買い取った永沢寺そば道場長の和田良三さん=三田市永沢寺
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ソバの実を買い取った永沢寺そば道場長の和田良三さん=三田市永沢寺
耕司さんの作業場で思い出を語る圭子さん=三田市母子
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耕司さんの作業場で思い出を語る圭子さん=三田市母子
生前の耕司さん(提供)
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生前の耕司さん(提供)

 兵庫県三田市母子で人気そば店「母子そば座敷 いまきた」を営んでいた今北耕司さんが1月、肝臓がんで亡くなった。72歳だった。生前に畑で育てたソバの実は倉庫に眠ったままになっていたが、かつて自らもそば作りを学んだ「永沢寺そば道場」(同市永沢寺)が全て買い取り、店で提供。なじみ客らが耕司さんをしのびながら、そばを味わっている。

 元JA職員で、まじめな性格で知られていた耕司さん。50代に入り、妻圭子さん(67)とそば道場を訪れたのを機にそば作りに夢中になった。足しげく道場に通い、和田良三道場長(80)らから、こしのある生地の作り方を教わり、腕を磨いた。

 55歳で一念発起し、JAを早期退職。茶畑が広がる三田市母子の生家を改装し、「いまきた」をオープンさせた。近くにある約130アールの畑でソバを栽培し、自らそば粉をひいた。寒暖差のある母子地区は、甘みのあるソバが育つことで知られている。

 耕司さんは毎朝6時からそばを打つ生活を続けた。圭子さんも平日は会社員として働き、週末に店を手伝った。実直な耕司さんの人柄から、道場の“同級生”たちも次々店を訪れ、一緒にそばを打ってくれたという。店は山間部の隠れた名店としてメディアで取り上げられる機会も増え、ゴールデンウイークには1時間待ちも珍しくないほどの人気となった。順風だった。

 2018年秋、耕司さんの体に異変が起きた。肝臓がんだった。肝臓の3分の2を切除した。抗がん剤治療を始めて食事がのどを通らなくなり、たくましかった体は別人のように細くなっていった。

 「もう手の施しようがありません」。医師からそう告げられたのは昨年11月。新ソバを収穫し終えたばかりだった。それでも薬味の具材や調味料を仕入れ、自慢のそばを客に出す準備をしていた。「死期が近づいていることを受け入れられないままだったはず」と圭子さん。しかし今年に入って容体が急変し、帰らぬ人となった。

 残されたのはあるじを失った店と、大量のソバの実。2カ月後、師匠のような存在だった道場長の和田さんが、「何かできることがあれば」と圭子さんに申し出、実を全て買い取った。

 「こうしちゃんは手が分厚くて大きくてね。そば打ちには持ってこいの手をしてた」と和田さん。自らが営む「水無月亭」で、耕司さんが育てた最後の実を使い、そばを提供している。5月いっぱいは味わえる量があるという。

 「主人も最後のそばが打てなくて心残りだったと思う」と圭子さん。そばを打つ夫の写真を見ながら、「たくさんの人に食べてもらえて、あっちで本人も喜んでいると思います」とつぶやいた。

 永沢寺そば道場TEL079・566・0053。水無月亭は午前10時半~午後3時。

(小森有喜)

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