河合雅雄さん、開かれた博物館へ尽力 「ひとはく」現館長に聞く
2021/05/22 05:30
河合雅雄さんが企画した剥製コーナーの前で思い出を語る中瀬勲館長=三田市弥生が丘6、県立人と自然の博物館
霊長類の研究で先駆的な役割を果たした河合雅雄さんが14日、亡くなった。97歳だった。出身は兵庫県丹波篠山市だが、県立人と自然の博物館(ひとはく)の館長を長く務め、三田にも多くの足跡を残した。出張教室や子どもらの熱帯雨林ツアーなど、博物館をより開かれたものにしようと変革に努めた。副館長として河合さんを支えた現館長の中瀬勲さん(73)に、先覚の在りし日を振り返ってもらった。(小森有喜)
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河合さんは1995年から14年間、2代目館長を務め、その後、名誉館長に就いた。実は、ひとはくのマスコットキャラクター「ひとはく博士」は河合さんがモデル。中瀬さんは「『何を勝手に使って』と文句を言っていたが、まんざらでもなさそうだった」と笑う。
河合さんが就任した当時は来場者が伸び悩み、変革を迫られていた。そんな中、「人が来ないならこちらから出ていこう」と提案し、県内各地の小学校や幼稚園への出張教室を開始。この事業は今でも移動博物館車「ゆめはく」として引き継がれている。
組織改編にも力を入れ、企画・調整室などを新たに設けた。研究員と事務職員の垣根をなくすため、同じ場所にデスクを配置。研究者もイベント企画や情報発信に積極的に携わるようにした。
県内の小中高生に、マレーシア・ボルネオ島の熱帯雨林を体験してもらうツアーも企画した。ツアーは98年から15回開催。子どもらは野生動物や貴重な植物を間近で観察し、その結果を現地の研究者に英語で発表した。河合さんはこうした貴重な経験とともに、自然と共生する大切さを次世代に伝えた。
中瀬さんもツアーの下見に同行したが、「70歳を超えていたが、ジャングルをきびきびと動き回っていた。子どもたちにこれを見てほしい、あれを体験してほしいと目を輝かせていた」と懐かしむ。
ひとはく1階には今も、ボルネオ島の熱帯雨林をイメージした常設展示「共生の森」がある。世界最大の花「ラフレシア」や食虫植物の「ウツボカズラ」といった貴重な標本類は、河合さんが現地研究者と信頼関係を築いたからこそ、日本に持ってこられたものだ。
これ以外の展示でも、偉人の功績を見ることができる。3階受付近くでは、哺乳類の剥製を並べたコーナーが目を引くが、これも河合さんが提案したもの。「来場者が楽しめる展示を」と、収蔵庫に眠っていたものを並べた。
丹波篠山市の地層から化石が見つかった原始的な哺乳類「ササヤマミロス・カワイイ」についても紹介されているが、この学術名も河合さんに由来する。ひとはくの三枝春生主任研究員らでつくる研究グループが、同市出身の河合さんに敬意を表して付けた。
中瀬さんは「河合先生は研究者として雲の上の存在。館長として多くのものを伝え、残していただいた」と話していた。