難病で闘病、遺志継ぎ映画完成を 蔭山武史さん死去 自叙伝「難病飛行」基に製作中

2021/09/24 05:30

空を見上げる生前の蔭山さん(家族提供)

 厚生労働省指定の難病「筋ジストロフィー」患者の蔭山武史さん=神戸市北区=が先月22日、心不全のため亡くなった。45歳だった。映画を作ったり、小説を書いたり。病と闘いながらも夢を追い、輝き続けた。これまで蔭山さんの挑戦を応援した多くの人が別れを惜しみ、思い出を振り返っている。(喜田美咲) 関連ニュース 【写真】空を見上げる生前の蔭山さん 【写真】蔭山さんとの久しぶりの再開を楽しんだ山崎貴監督 小6でTOEIC980点の少女を襲った「脳脊髄液減少症」 3年半の治療経て回復へ

 蔭山さんは5歳で筋ジストロフィーと診断された。全身の筋肉が徐々に衰え、入退院を繰り返した。10年ほど前からは在宅で、訪問看護師や家族らのサポートを受けながら過ごしてきた。人工呼吸器を24時間つないだ寝たきりの生活だったが、わずかに動くあごに付けたセンサーでパソコンを操作。執筆などに取り組み、自叙伝「難病飛行」や作品集「あの日の君は泣いていた」などを著してきた。
 自身が代表理事を務めるNPO法人「もみの木」では、同じ病気の患者の支援や、会員制交流サイト(SNS)を使った情報発信に努めた。
 今年5月には難病飛行の映画化のため、製作資金を募るクラウドファンディングに挑戦。195人から計413万2千円の支援を得た。今月から出演者のオーディションが始まっており、完成は当初より遅れるものの、撮影は予定通り続けられる。
 蔭山さんの挑戦を一番近くで見守り、応援してきた母セツ子さんは今年2月にこの世を去った。「武史は決めたら最後までやり通す。うまくいったら教えてくれるけど、パソコンの画面を隠して、途中では見せてくれない頑固さもあった」と姉の廣田由紀さん(51)。映画化は、弟の念願だった。だからこそ、父照夫さん(81)と2人で完成まで協力すると決めた。
 蔭山さんの詩で歌を作るなど、長年交流を続ける兄弟デュオ「ちめいど」は映画の主題歌も担当。「いつも武史さんと3人で演奏している気持ちでステージに立っていたし、これからも変わらない。思いを継いで挑戦を続けたい」と話す。
 映画の監督を務める八十川勝さん(50)はもみの木10周年イベントなどで交流し、メッセージアプリでやりとりを重ねてきた。「(難病飛行の表紙絵のように)蔭山さんはベッドにいながらいつも空を飛び回っているような人だった。必ずいい作品を完成させる」と決意を新たにした。
 映画が闘病生活の支えになっていたと語っていた蔭山さん。生前、交流があり、「ALWAYS三丁目の夕日」などで知られる映画監督の山崎貴さんは、由紀さんにメールを送り、「武史君が与えてくれた勇気は、出会った人たちの中に生き続けるだろう」と、巡り合えたことへの感謝を伝えた。
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■会うたびに力をもらった
 「出演者の募集記事、近々紙面でご紹介予定です」。8月21日、蔭山さんへメールを送った。いつもならすぐに返事が来るのに、体調がよくないのかな? そう思っていた。その記事の掲載日はちょうど、通夜の日だった。会場に記事を張り出してくれていたと聞いた。
 会うたびにパワーをもらい、「私もまだまだ頑張らねば」と思わせてくれる人だった。ご冥福をお祈りいたします。

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