三田

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湊川相野学園理事長の浅井祐子さん
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湊川相野学園理事長の浅井祐子さん
開学初期から続くお茶の授業(提供)
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開学初期から続くお茶の授業(提供)
阪神大水害の被害を受けた神戸福住時代(提供)
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阪神大水害の被害を受けた神戸福住時代(提供)

■「お茶」を人間形成の一助に活用

 兵庫県三田市四ツ辻にある学校法人「湊川相野学園」は今年、創立102年を迎えた。神戸市兵庫区で裁縫女塾として生まれ、戦禍や幾度の災害を乗り越えてきた。現在は三田を中心に幼稚園や高校、短期大学などを構える。創設者のひ孫で5代目理事長の浅井祐子さん(59)に、100年変わらないもの、変えていくことを聞いた。(喜田美咲)

 ーー校名にあるように、湊川相野学園は神戸市兵庫区にある湊川のほとりで始まった。

 1919(大正8)年、曽祖母である幸田たまが30歳の頃、民家の2階を借りて始めました。当時の生徒は4人でした。30年には湊川高等実業女学校に改称。お茶や英語など、当時にしては多様な学びを提供していました。

 ーー自然災害や戦争を経験しては立て直し、45年、三田に校舎を構えた。

 38年の阪神大水害で教師2人と生徒8人が犠牲になりました。校舎も全壊。戦時中の45年には空襲も受けました。同年、かつて幸田が教壇に立った三田に移りました。

 

 ーー湊川家政高等学校(現・三田松聖高校)を開いたのは54年。大学はその2年前に家政短期大学として始まった。

 「良妻賢母」という言葉がありますが、幸田は「賢母良妻」と言っていました。賢き母であってこそ、どこでも活躍できるんだと。「免状は荷物にならないから」と、学生には家庭科の教員免許を取るように勧めていました。女性は家庭にとどまるものではなく、裁縫を通じて、社会に出る後押しをしたかったのだと思います。

 ーー幼稚園、高校、大学、それぞれにお茶の時間がある。

 私自身、祖母から「お茶はやっておきなさい」と言われていて、最初は理由も考えずに始めました。振り返って思うのは、それぞれの年齢でお茶から受け取るものは違っていて、人間形成の一助になるということです。

 幼稚園児はお茶をおいしいと思うことだけでも良い。それまでおしゃべりしていても、畳の上では静かにして姿勢を正す時間なんだ、そういう楽しい時間もあるんだと知ってもらう。高校では運動部のがっちりした男の子にもやってもらっていますよ。お菓子から季節を感じ、伝統文化に触れ、もてなしの心を身に付けていく。

 年を重ねるにつれ、心を整える時間になっていくんです。それまでと心を切り替えるような。

 ーー必修科目が増えるなど、お茶の授業の時間を設けにくくなっている。

 覚えないといけない作法が多い、堅苦しいなどの理由で、一時は大学での履修者が年間十数人になったこともありました。日常でも日本で生きているんだと感じられる時間は減っている。このまま伝統を途絶えさせてはいけないと、5年ほど前からは選択必修科目にしました。

 その一方で参加のハードルを下げました。靴下は白じゃなくていい、スカートをはかなくてもいい。ただ、畳に上がる時はきれいな靴下に履き替える。心を整えるために、意味のあることを最低限残すようにしました。

 ーー100周年を経て。これからの学校のあり方、地域との関わり方は。

 新型コロナウイルス禍で授業の方法は大きく変わってきていて、集まってお茶をたてることさえ難しくなりました。

 文化に触れるにはどうしても実技がないと難しい。オンラインで「家の近くの花を生けてみよう」「ティーバッグのお茶でも、家族をもてなしてみよう」など、自宅でできる方法を模索しました。

 小瓶に花を挿すだけでも、祖父母が好きなおまんじゅうを出すだけでも、もてなす気持ちは実践できます。100%は難しくても、楽しい、懐かしい、落ち着く。そんな心が少しは通じていると信じています。

 学園内には地域の未就学児が遊べる子育て支援センターを設けており、保護者と一緒にお茶を体験してもらっています。お子さんにとってはまだ訳が分からない時間かもしれませんが、何かじーっと見たくなる、親子でその空気を感じてもらえる、そんなきっかけの場所を提供し続けたい。

 三田に来てから、ニュータウン開発による人口急増も、減少が進む現状も見てきました。そうした中で学生と地元企業、住民とのつながりをつくり、互いにいい影響を生み出すのが学園の役割だと感じています。「三田で学べてよかった」と思える学生を育てていきたい。

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