三田

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昨年のクリスマスマーケットの様子
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昨年のクリスマスマーケットの様子
金の湯前に設置された過去のクリスマスツリー
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金の湯前に設置された過去のクリスマスツリー

 クリスマスツリーが各地でみられる季節になりました。兵庫県の有馬温泉では神戸芸術工科大学(神戸市西区)の協力により、有馬川親水広場で11月27日から12月26日まで、クリスマス・イルミネーションを開催します。クリスマスマーケットと称し、屋台も出店します。

 20年ほど前にクリスマス期間中のドイツを訪問したことがあります。街中がにぎやかに飾り付けられていただけでなく、街の中心部ではクリスマスマーケットが開催されていました。商店主が1年の最後に感謝を込めて大安売りをするコンセプトは、かつての「三田せいもん」(誓文払い)と同じではないかと思いました。

 誓文払いは「二十日えびす」といわれ、えびす講のおまつりで商売上の罪滅ぼしとして各地で行われていました。三田では江戸時代から11月20日に呉服屋が縁日を開いていたそうです。

 一方、同時期に交通の拠点として栄えていた道場川原(神戸市北区)では、「道場生市」が開かれていました。物流が発達していない時代、普段は日持ちのする塩干物しか手に入らないのですが、11月も後半になれば涼しくなるため魚も傷まなかったのでしょう。六甲山の「ととや道」を通り、深江の浜から生魚を運び込むことが始まりました。生魚を神様に供え、親戚を呼んでご馳走し、町では縁日が開かれ、北摂一のにぎわいといわれていました。

 明治の後半、三田の人たちはイベントが重なるので誓文払いをクリスマス時期にずらしました。日本ではクリスマスの飾り付けは1900(明治33)年、銀座から広まり、その時に神戸でクリスマス用品の生産が始まったそうです。前年には、現在の福知山線が柏原(現丹波市)まで開通していました。07(明治40)年頃から柏原では、クリスマスの装飾品として松材を原料とした経木モールの生産を始め、神戸の商社を通じて海外へ販売されていました。

 これらの点と点を結ぶと、三田藩の最後の藩主であり、神戸初の商社を設立した九鬼隆義にルーツがあると思います。

 1872(明治5)年、有馬温泉にアメリカンボードの宣教師デイビスが滞在していました。そこに隆義に命じられて3人の元武士たちがやって来ました。隆義は、これからの時代は西洋文明を取り入れることが重要だと考えていたのです。それが縁で、75(明治8)年に摂津三田教会が開かれます。そして87(明治20)年、神戸の摂津第一教会で洗礼を受けました。4年後に亡くなりますが、隆義の意志は伝わっていたと思うのです。

 温泉地とクリスマスは結びつかないと思っていましたが、今ではクリスマス時期に有馬で過ごされる方が増えてきました。寒さ対策と感染症対策をされた上で、ぜひお越しいただければと思います。(有馬温泉観光協会)

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