希少なカワモズク 湧泉のすぐそばに生育 ひとはく研究員だより

2021/11/21 05:30

佐藤裕司主任研究員

■佐藤裕司・主任研究員 

 湧水とは地下水が地表へ自然に出てきたもののことです。湧き水、泉、湧泉とも言われますが、湧き出る場所を「湧泉」、湧き出た水を「湧水」と区別することがあります。水道が普及する以前まで、湧水は大切な水資源で、日本では集落の多くが湧水の得やすい扇状地の末端、いわゆる扇端湧水帯などに発達しました。そのような集落では湧水が農業用水としても利用されていましたが、圃場(ほじょう)整備や用水路の改修により湧泉の多くが今では失われています。
 湧水が流入する水域には、しばしばカワモズク類が生育します。その名のとおり、川に生育するモズクです。「もずく酢」として食べる海藻のモズクはコンブやワカメと同じ褐藻類に属しますが、川のモズクは食用海苔に用いられるアマノリ類と同じ紅藻類です。ただし、生の状態での見た目は、紅色というより褐色やオリーブ色です。藻体は長さ5センチ程度のものが多く、触ると寒天質でヌルヌルしています。
 「食べられますか」とよく質問されます。一部の地域では食用にされたという記録が残っています。岸大弼氏の調査によると、岐阜県高山市では「すのり」という名で、昭和時代の中頃まで伝統食材として利用されていたとのことです。酢の物を主体に、日常食というより珍味として食されていたようです。残念ながら、すのりは現在見られなくなり、その食文化は途絶えています。
 身近な湧泉で見られるカワモズク類は、おもにカワモズク、チャイロカワモズク、アオカワモズクの3種類です。いずれも絶滅のおそれのある生物に選定され、とりわけ湧泉のすぐそばに生育するカワモズクは、兵庫県版レッドデータブックでAランクの希少種です。晩秋の候、清冽な流れの水底で石などに着生して現れ、春の終わり頃まで見ることができます。カワモズクが流れに身をゆだね、ゆらゆらと揺れる様子に、昔の人は季節の移ろいを感じたかもしれません。
 水道は私たちに便利な生活をもたらしましたが、その一方で、人びとの水へのまなざしを失わせてしまったように思われます。言うまでもなく、水は地球上のあらゆる営みの根源です。そんな当たり前のことを再認識するために、この冬、身近な場所で湧水とカワモズク類を探してみてはいかがでしょうか。

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