若者たち~制約の中で・第1部(1)晴人【上】 友達をつくるのは諦めた

2022/01/01 05:30

田んぼの向こうに浮かぶ市街地=三田市内

 10畳一間のマンションで、時間が止まったような日々を送っている。生活している感じがなく、居心地も良くない。「大学に思い入れもないから、4年間、別に何もないんやろなって思ってる」。兵庫県の関西学院大学神戸三田キャンパスに通う尾田晴人(仮名)。友達をつくるのも、サークルに入るのも諦めた。 関連ニュース 【写真】10畳の部屋。「ただいま」を言う相手はいない 【写真】いつでも地元に帰られるよう、スーツケースは開けたまま 【写真】趣味のレコード。段ボールいっぱいに入っている

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 年末、三田市で1人暮らしをしている晴人を訪ねた。玄関を開けると室内が見渡せる。帰って電気をつけると、奥に誰かがいるような感覚になるという。「広すぎるから。でも、1人暮らしと分かるとすごく落ち込む」。普段はテレビをつけっ放しだ。
 冷凍庫は、食材や作り置きでいっぱいだ。住み始めたころ、料理は苦痛だったが、今は楽しい。作り置きを増やし、主菜、副菜とテーブルに並べると、温かい家庭のように思えて、1人でいるのがまぎれる気がする。節約のためもあり、ほぼ毎日自炊をしている。
 マンションは市街地から約1キロ。間に横たわる田んぼが壁のように感じる。「こっち(三田)では、外に出ることすらエネルギーを消費している」。晴人がつぶやく。夕刻、遠くに浮かぶ市街地の明かりが、蜃気楼(しんきろう)のようだった。
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 2020年春、入学した。新型コロナウイルスの影響で入学式は中止され、そのまま休講が決まった。引っ越してきたばかりで不安だらけの中、4月7日に緊急事態宣言が発令された。対象が東京や兵庫など7都府県から全国に拡大される前、晴人は実家のある和歌山に帰った。
 実家近くのスーパーでアルバイトを始めた。オンライン授業を受けた後、夕方から夜遅くまで働いた。
 9月からは対面授業が始まった。だが、友達はできなかった。授業が終わっても、誰にも声を掛けられない。話し掛けられないのは服装のせいと思い、落ち着いた服を着たり、逆に目立つ服を着たり、試行錯誤した。話し掛けられやすい環境を自分なりにつくったが、駄目だった。
 入学前から友達ができるか不安はあった。人一倍、気を使う性格。「ここでしゃべったらあかんな、って思ったりするから。初めての人とは会話のラリーが続かない」
 それでも中学、高校は自然と友達ができた。高校は3年間持ち上がりのクラス。みんな同じ教室で授業を受け、共通の話題があり、居心地が良かった。
 だが、コロナ下ではスタートでつまずいた。自分は友達をつくるのが下手だと、大学に入って分かった。「今までは、すり抜けてた」。それなりに大学生っぽく、可もなく不可もなくやり過ごせる。当初、思い描いた大学生活にはならなかった。
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 晴人が「親友」と呼ぶ幼なじみがいる。互いの実家がすぐ近くだ。「会話が弾まなくてもいい。一緒にいるだけで落ち着く」
 小中高と一緒だったが、彼は高校1年の夏に退学。それからずっと会えていなかった。なぜ辞めたかは知らなかったが、「重たいことだから聞けず、一生会えやん気がしていた」。大学入学で和歌山を離れる前に、彼の実家を訪れた。顔を見て、涙がこぼれた。
 その後、最初の緊急事態宣言で地元に帰り、スーパーでバイトをしている時、客として訪れた彼と再会し、連絡を取り合うようになった。高校中退後、大学受験に必要な資格を取得。滋賀の大学に進学したが、コロナのせいで大学に行けず、地元に帰ってきていた。同じような生活をしており、「そのことを話せる唯一の友達だった」。特別なことをするわけではなく、他愛もない話ができる。彼の存在が生きる糧になっている。
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 取材で訪れた晴人の部屋では、音楽の話もした。父親の影響で、ザ・ブルーハーツや細野晴臣、奥田民生、セックス・ピストルズなどが好きで、レコードもたくさん持っている。昨年にはラフィンノーズやSAのライブにも行ったという。「子どもの頃、父親に連れて行ってもらった記憶が鮮明によみがえった」と笑顔で話す。
 だが、三田では大学と食材を買うためのスーパーにしか外に出ない。テレビを見て、自炊をして、授業があれば学校へ行く。毎日、同じような生活が続く。いつでも地元に帰れるよう、スーツケースは開けたまま置いてある。バイトもしていない。
 ある日を境に、三田で友達をつくるのを諦めた。「無理に頑張るのは疲れる。地元の友達を大切にしようって」
 晴人はこの日、ハンバーグや作り置きのしぐれ煮を振る舞ってくれた。買ったばかりのレコードを一緒に聴いた。帰る間際、複雑な笑みを浮かべ、言った。「ほんとは、こういうことをやるのが夢だったんです」
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 三田市内には1人暮らしの学生が約1400人いると推測される。市とNPO法人が2021年11月、コロナで困窮している学生へ食料を支援したところ、想定を大幅に超える236人が訪れた。生活が苦しいだけでなく、「コロナで人とのつながりが持てない」との声もあった。コロナ下に入学した学生3人に出会った。(土井秀人)

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