社会に役立っている博物館の「アリ研究」 ひとはく研究員だより

2022/01/23 05:30

マレーシア国立サバ大学に設立された収蔵庫(提供)

■橋本佳明主任研究員 関連ニュース 毒針を持つ特定外来生物ヒアリ、兵庫で6年ぶり確認 神戸・ポーアイのコンテナヤード 兵庫で国内初確認、5年前の騒動落ち着いたけど… 強毒ヒアリ静かな侵入、高まる定着リスク アライグマや強毒ヒアリ…まちに潜む外来生物知って 全国初、常設の展示センター開設へ 神戸・長田

 私は博物館でアリを研究しています。アリの研究など、世の役には立たないと思われるかもしれません。
 しかし2017年、博物館に環境省から神戸港に陸揚げされた中国のコンテナに潜んでいたアリが同定のために送られてきました。そのアリこそ、特定外来生物のヒアリでした。兵庫県に人と自然の博物館があり、アリの研究者がいたからこそ、国内初のヒアリ侵入を迅速に確認することができたのです。
 もし、ヒアリの同定に手間取っていたら、その間にヒアリが逃げ出し、今頃は兵庫県内で刺傷被害や経済被害をもたらしていたかもしれません。
 中国からのヒアリ侵入は現在も続いており、私は、環境省から助成金をいただいて、わさびシートを忌避剤にコンテナ貨物へのヒアリ侵入を防ぐ実験や、シリコン樹脂でコンテナヤードの亀裂を補填(ほてん)してヒアリ営巣を阻止する実験に取り組んでいます。この研究も、博物館の標本管理や標本作製の技術を活用したものです。研究は科学的な貢献だけでなく、その活動が人々の役に立つこともあります。
 ひとはくでは1998年から2014年まで、毎年、兵庫県の小中高生がボルネオ島の熱帯雨林に1週間滞在して、生物多様性の重要性を体験するボルネオ・ジャングル体験スクールを開講していました。このジャングルスクールを始めるきっかけになったのは、私のアリの研究でした。1995年にアリの調査で訪れたボルネオ島で、マレーシア国立サバ大学のアリ研究者マリアッテイ博士に出会いました。
 同島に、自然史博物館の役割を果たす研究所の設立が必要だと考えておられた博士と意気投合し、97年にサバ大学とひとはくで学術交流協定書を取り交わし、同島での標本収集から環境教育まで協力し合って実施していくことになりました。
 ジャングル体験スクールは、本協定書に基づく活動の一つとして始まったのです。2000年に、兵庫県が淡路島で開催した「花博」で展示した世界最大の花ラフレシアも本協定書があって可能になったものです。さらに、こうした活動が国際協力機構(JICA)の目にとまり、02年から「ボルネオ生物多様性・生態系保全プログラム協力」を立ち上げることになり、私自身がサバ大学に赴任して、ひとはくをモデルに同島で初めてとなる本格的な収蔵庫を設立しました。
 このように、世の中と隔絶したところにあると思われている博物館での研究は、博物館が社会教育機関であることで、人々と広くつながり、社会に役立っているのです。

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