世界の都市部で大問題となっているトコジラミ(学名・Cimex lectularius)。人を主な寄主とする吸血性のカメムシの仲間です。「シラミ」という名がつくため、ケジラミやアタマジラミといったシラミ類(カジリムシ目)の昆虫と間違われますが、ストロー状の口器(口吻(こうふん))を持ち、刺激を与えれば悪臭を放つため、立派なカメムシの仲間であることがわかります。
獲物の皮膚に口吻を突き立てて吸血するのですが、実際に皮膚に挿入されるのは、口吻の中に収められている細い管(口針(こうしん))です。刺された時の痛みはほとんどありませんが、吸血時に唾液が注入されることによってアレルギー反応を起こし、腫れてかゆくなることがあります。
トコジラミが含まれるトコジラミ科は世界に110種が知られ、すべての種が恒温動物を吸血する外部寄生者です。大部分の種は洞窟内でコウモリ類に寄生し、残りはツバメなどの鳥類を利用します。
人を吸血するのは前述のトコジラミに加え、熱帯地域で広がっているネッタイトコジラミ(Cimex hemipterus)などごくわずかな種しか知られていませんが、それらはコウモリや家畜動物なども利用しています。
飢餓に強く、絶食状態で2カ月以上も生存するトコジラミの成虫は、さまざまな物資に身を潜めることができるため、古い時代から人為的に世界各地へ運ばれていきました。田中芳男の「南京虫又床虱(なんきんむしまたとこじらみ)」(1897年)によると、日本へは文久年間(1861~64年)にオランダから買い付けた古船に紛れて侵入したとされています。
被害が問題視され始めたのは明治時代以降で、第2次世界大戦の後まで、ごくありふれた衛生害虫としてまん延していました。その後、強力な殺虫剤の開発や生活環境の改善などにより、1970年頃までにはほとんど見られなくなりました。
しかし、欧米各国では2000年頃から、日本では07年頃から再び被害が増え始めたのです。国境を越えた人々の往来が活発になったこと、都市部へ人口が密集したこと、地球温暖化や都市温暖化などが主な理由に挙げられています。
現在、トコジラミの被害は宿泊施設を中心に、ネットカフェ、医療・介護施設、一般家庭など人が利用するあらゆる施設で広がっています。殺虫剤に対して抵抗力をもったトコジラミも出現しており、駆除がより難しくなっています。
その上、風評被害を伴うことから多くの場合、被害の詳細が世に出ません。おそらく知られていないだけで、かなり身近な問題となってきているでしょう。これ以上被害が広がらないためにも、対策が遅れないためにも、まずはトコジラミについて知ることが重要です。