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最上山公園の一角に建立された黒田熊之助の記念碑=宍粟市山崎町門前
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最上山公園の一角に建立された黒田熊之助の記念碑=宍粟市山崎町門前

 戦国武将・黒田官兵衛の次男で、山崎城で生まれたとされる黒田熊之助の記念碑の披露式が7日、兵庫県宍粟市山崎町門前の最上山公園駐車場であった。関係者約30人が集まり、歴史上の人物と地域とのゆかりに思いをはせた。

 官兵衛は、羽柴秀吉の播磨攻めで宍粟の宇野氏が滅んだ後、1580年に山崎城主となった。熊之助が生まれたのはその2年後で、福岡市の菩提寺に残る墓碑には「播磨山崎城で生まれる」と刻まれているという。熊之助は、朝鮮に出兵した官兵衛と兄の長政を追って海を渡ろうとし、嵐に遭って15歳で遭難死したとされている。

 熊之助の生涯には謎も多く、山崎で生まれたという説は地元でもほとんど知られていなかった。4年前、宍粟市商工会の関係者が菩提寺を訪ねて碑文に気付き、同商工会の合併10周年記念事業として記念碑を建立することにした。

 記念碑は自然石を使い高さ1・8メートル。表面に「黒田熊之助ゆかりの地」と刻み、裏面には官兵衛や熊之助と山崎の関係について説明を書き入れた。

 披露式には、熊之助の死を悼んで母の光が建てた圓應寺(福岡市)から三木英信副住職(48)も訪れ、「熊之助は宍粟で生まれ、福岡が終焉の地となった。両市の縁が深まってほしい」とあいさつした。

 同商工会の三渡圭介会長は「官兵衛の次男が山崎で生まれたという歴史を広く知ってもらい、後世まで伝えたい」と話した。(古根川淳也)

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