西播

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築200年の自宅を離れる栗山文治さん、みつゑさん親子。今年の冬は雪下ろしができないため、家が傷まないか気掛かりだ=宍粟市一宮町河原田
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築200年の自宅を離れる栗山文治さん、みつゑさん親子。今年の冬は雪下ろしができないため、家が傷まないか気掛かりだ=宍粟市一宮町河原田
西日本豪雨から4カ月たっても路肩が崩れたままの市道。冬場に除雪車が通るのは危険だという=宍粟市一宮町河原田
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西日本豪雨から4カ月たっても路肩が崩れたままの市道。冬場に除雪車が通るのは危険だという=宍粟市一宮町河原田
神戸新聞NEXT
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 西日本豪雨で被害が集中した兵庫県宍粟市一宮町河原田地区の山奥に、冬場は雪に閉ざされる「阿舎利」という集落がある。その最後の住人、栗山文治さん(59)、みつゑさん(89)親子が先祖代々暮らした家から生活拠点を河原田中心部に移す準備をしている。集落に通じる唯一の市道が一部崩落したままで今年の冬は除雪車が通れないからだ。来春以降も自宅に戻る回数は減る見込みといい、歴史を刻んだムラがまた一つ廃村の瀬戸際に立たされている。

 被害発生から7日で4カ月になる。河原田中心部から阿舎利に向かう約6キロの狭い道を走った。3キロほど進むと対岸に大規模な土砂崩れの跡があり、川底には大量の流木。少し先で路肩が1メートルほどの幅で崩れ落ちていた。市によると積雪期に除雪車が通るのは危険で復旧時期は未定という。

 この先も数カ所で路面が陥没し、電線には倒木が引っ掛かったまま。ようやく森を抜けると、廃屋が立ち並ぶ集落があった。

     ◇

 阿舎利は標高約600メートルの谷あいにあり、冬場は1~2メートルの雪に覆われる。終戦直後は10世帯60人ほどが暮らしたが、現在は栗山さんの1世帯2人しか残っていない。

 市などによるとたたら製鉄に関わる人々や木地師、修験者が開いたとみられ、播磨国風土記に「鉄を生ず」と記された「金内川」は現在の阿舎利川とする説が有力だ。集落には多くの製鉄遺跡が残るが、ほとんど未発掘だという。

 栗山さんの自宅は築200年ほどといい、最も古い位牌には江戸前期の延宝7(1679)年と記されている。文治さんはこの家で5人きょうだいの末っ子として生まれた。

 小学3年までは尾根の向こうの溝谷集落(一宮町公文)にあった三方小学校溝谷分校に山道を歩いて通った。当時は阿舎利にも同級生が1人いたが、本校に通う4年になると文治さんだけになり、分校も廃止。冬場は雪で通学できないため小学校近くで下宿し中学卒業後は家を出て働いた。

 その頃から、住民は徐々に集落を離れていった。旧一宮町長の故栗山辰雄さんも住人だったが、5期目途中の1988年に死去。旧来の住人は栗山(文治)さん宅だけに。移住者が数世帯あったが、はりま田舎暮らし交流会会長も務めた廣島昭一さんが2年前に死去し、ほかに阿舎利で暮らす人はいなくなった。

 文治さんは15年ほど前に体調を崩し、実家に戻った。みつゑさんは「ずっと住んできたからここがええ。町に出たらぼける」。文治さんも「勝手が分かったこの家ならおばあは一人で何でもできる。元気な間はここで暮らしたい」と話す。

 ただ最後の世帯になり、行政などから心配されることが増えた。除雪できないとみつゑさんが通院できないこともあり、新たに家を借りた。道路が復旧すればまた阿舎利に戻りたいという。ただ、それもみつゑさんが元気な間だけだ。

 「山奥での生活を維持するには、除雪一つでも行政の経費がかかる。迷惑はかけられない。さみしいが、廃村も仕方ない」と力なく笑った。(古根川淳也)

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