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証券マンを経て、陶芸家としての道を進む松井宏之さん=相生市若狭野町寺田(撮影・小林良多)
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証券マンを経て、陶芸家としての道を進む松井宏之さん=相生市若狭野町寺田(撮影・小林良多)

 高さ2メートル、横幅2メートル。耐火レンガで囲まれた洞窟のような登り窯の中。まだ、2週間の窯たきの熱が残る。20メートル近く続く棚の上には、皿や花入れ、つぼなど約800点の焼き物が並ぶ。

 備前焼陶芸家、松井宏之(58)=兵庫県相生市=が、作品に積もった灰を払うと、明るい茶色やエメラルドのような緑、薄い草色の上に散らばったごまのような点が現れた。炎が作り出す色彩と文様は、いくら眺めても飽きない。

 「備前焼は上薬を掛けない。土味がそのまま表面に出る。刺し身のように素材が命だ」

 土作りにこだわる。深さ3~5メートルの地中から掘り出した粘土は、畑で草を生やし、3年以上風雨にさらす。「本当に良いもの、美しいものを自分の手で作りたい」。国際金融の第一線を去ったのはただ、抑えがたいその願望を満たすためだった。

   ◆

 上智大学大学院を経て、1987年、野村証券に入社した。国際金融部で東南アジアやインドを担当した。政府や国営企業が発行した債券を引き受ける。債権は日本の投資家に販売され、石油生産や電力、通信など、その国の社会基盤整備の資金となった。

 各国の担当者から必要な金額は聞くが、使い方には立ち入らない。事業資金が何百億円も動くが、プロジェクトをより良いものにする余裕は無い。成果や市民生活への影響を見届けることもない。投資家が買うならよしとする。

 決められた時間の中で周囲に合わせて会社の駒のようにやっていくのが精いっぱいだった。国内トップの実績をうかがう社内特別チームで半年間、早朝7時から深夜0時まで働き、死にものぐるいで目標を達成した。だが、心の底から「やった」という満足感は無かった。

 子どもの頃から図画工作が好きだった。自分の手を使って試行錯誤しながら、思い描いたものを作り上げる。あの満足感が忘れられなかった。最初の一歩から本質を追求し、納得がいくまで諦めない仕事がしたかった。

 何百億円という金を動かしても、子どもの頃に感じたワクワク、ドキドキする気持ちは生まれなかった。「自分の手で一からものを作る方が向いている」と感じるようになった。だが、決心がつかなかった。

 30代半ば、結婚して長男が生まれたばかりだった。生計が成り立つか、教育費は払えるか。5年間悩んだ末、「備前焼の産地なら、実家の相生から通える。窯を築く土地もある」と妻の文(あや)(56)を説得した。

 39歳で備前陶芸センター(岡山県備前市)に入所した。翌年、古備前の最高峰と言われる安土桃山時代の技術を追求する森陶岳(81)=岡山県瀬戸内市=に弟子入りした。5年間、築窯を手伝い、土作りから焼成まで実践の中から学んだ。

   ◆

 45歳で独立し、自宅近くで築窯に取りかかった。用地を造成し、修業時代に学んだ土木や建築の知識、技術を駆使して、1年半で全長20メートルの窯を築いた。年1回、作品約800点を詰めて窯をたく。

 作品は少しずつ知られるようになり、常設ギャラリーの開設に続き、百貨店で個展も開催。顧客もでき、昨年は上海、ニューヨーク、パリで個展を開いた。

 土味が問われる備前焼は、作家の人間性や人生経験が作品に表れる。目標は内側からエネルギーがあふれ出るような古備前だ。「どんなに時間がかかっても、どうしても生み出したいものがある」。たゆまないその一心で、土に向き合う。(敏蔭潤子)

=敬称略=

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